山口県のフリーペーパー「地域情報新聞 ほっぷ」WEB版

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目で見る毛利家あれこれ

~毛利博物館収蔵資料と歴史ばなし~

第414回

2018.10.05目で見る毛利家あれこれ

写真は、田能村直入が描いた「青緑山水図」です。青緑山水図とは、青々とした山川の風景を描く山水図のことで、豊後国(大分県)出身の南画の大家、田能村竹田の養子となり、幕末維新期に上方で活躍した…続きを読む

第413回

2018.09.28目で見る毛利家あれこれ

写真は、毛利元徳を山口藩知事に任命する辞令です。会津戦争の終結後、元徳の父敬親は、明治二年(一八六九)正月、長州(萩・山口)藩主として、薩摩・土佐・肥前三藩主と連名で、封土と人民を朝廷に返…続きを読む

第412回

2018.09.21目で見る毛利家あれこれ

写真は、明治元年(一八六八)十一月頃、長州(山口)藩の執政(しっせい)と参政(さんせい)が示した、藩政改革に関する告諭です。   執政と参政とは、これに先立つ十月二十八日に、統一…続きを読む

第411回

2018.09.14目で見る毛利家あれこれ

写真は、「中啓(ちゅうけい)」という、扇子の一種です。骨が途中で曲げられ、閉じても半開きの末広がりの状態となるため、「末広」とか「末広扇」とも呼ばれます。江戸時代の武家では、直垂(ひたたれ…続きを読む

第410回

2018.09.07目で見る毛利家あれこれ

写真は、最後の長州(山口・萩)藩主となった毛利元徳(もとのり)の肖像画です。   元徳は、支藩徳山藩の藩主毛利広鎮(ひろしげ)の実子でしたが、宗藩の藩主毛利敬親(たかちか)の養子…続きを読む

第409回

2018.08.31目で見る毛利家あれこれ

写真は、谷文二が描いた、毛利家の江戸藩邸「麻布邸」から眺めた江戸城下の遠望図です。「麻布邸」の奥深くから、東方面を眺めて描かれたもので、江戸城や汐留の海岸が詳細に描かれています。文二は、毛…続きを読む

第408回

2018.08.24目で見る毛利家あれこれ

写真は、久坂義助(玄瑞)が高杉晋作(暢夫)に宛てた書状です。   文久三年(一八六三)八月十八日の政変で、京都から追放されたことを「面目もなき失策」と述べ、朝廷への申し開きのため…続きを読む

第407回

2018.08.10目で見る毛利家あれこれ

写真は、硯箱(すずりばこ)といい、硯や筆など、筆記用具を収める箱です。これは、梨地(なしじ)に、赤みがかった漆で水の流れを表し、金銀の高蒔絵で菊花をあしらっています。   記録に…続きを読む

第406回

2018.08.03目で見る毛利家あれこれ

写真は、久坂玄瑞が長州(萩)藩政府に提出した赤間関の防備に関する意見書の一部です。   実物はとても長いものですが、海路が狭まっている関門海峡を絶好の攘夷の地と見定めて、壇ノ浦か…続きを読む

第405回

2018.07.27目で見る毛利家あれこれ

写真は、萩(長州)藩の領域を描いた屏風絵です。全部で六枚の画面に、防長両国のうち、吉田(下関市)から東と、高森(岩国市)から西の部分を描いています。赤間関や長府(ともに下関市)、岩国などは…続きを読む