山口県のフリーペーパー「地域情報新聞 ほっぷ」WEB版

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目で見る毛利家あれこれ

~毛利博物館収蔵資料と歴史ばなし~

第449回

2019.06.21目で見る毛利家あれこれ

 写真は、毛利輝元が、豊臣秀吉から与えられた陣羽織です。背に桐紋が大きく切りつけられ、緞子の裾はスカートのようです。袖の細かなひだは、南蛮の影響を強くにおわせ、秀吉の好みが大いに反映されて…続きを読む

第448回

2019.06.14目で見る毛利家あれこれ

 写真は、豊臣秀吉が毛利輝元に与えた「知行宛行状(あてがいじょう)」です。知行宛行状とは、主君が家臣に知行を与える文書のことです。これは、秀吉が直接花押を据えていますので、「領知判物(はん…続きを読む

第447回

2019.06.07目で見る毛利家あれこれ

 写真は、長州(萩)藩の「初代」藩主とされる、毛利秀就の肖像画です。秀就は、毛利元就の孫として、生まれながらの戦国大名として育てられた輝元の嫡男として生まれ、大大名毛利家の後継者として早く…続きを読む

第446回

2019.05.31目で見る毛利家あれこれ

写真は、徳川家康が毛利輝元・秀就父子に渡した起請文(きしょうもん)です。起請文とは、誓約内容を記した文のあとに、自らが信仰する神仏にかけてそれを誓い、もし破った場合には神罰を蒙るという文言…続きを読む

第445回

2019.05.24目で見る毛利家あれこれ

写真は、豊臣秀吉の蔵刀を管理していた本阿弥光徳が、毛利輝元の求めに応じて作った「刀絵図」です。   秀吉の刀のうち、特に名刀とされた六〇余振を、押型とよばれる紙に写し取り、特徴や…続きを読む

第444回

2019.05.17目で見る毛利家あれこれ

写真は、軍貝です。軍貝とは、南洋産の大型の巻き貝に金具を付けて吹き口とし、吹き鳴らすことができるようにしたものです。法螺(ほら)とも法螺貝ともよばれ、山伏の法具として用いられることはよく知…続きを読む

第443回

2019.05.10目で見る毛利家あれこれ

写真は、鯉の滝昇りの絵です。写生画の大家として知られる円山応挙が描いたもので、写真は、三幅のうち中尊にあたる部分です。龍門を昇りきった鯉は龍になるという故事にちなんだ鯉の絵は、応挙が得意と…続きを読む

第442回

2019.04.26目で見る毛利家あれこれ

 写真は刀です。茎(なかご)には「備前州住長船兵衛尉国光作之」とあり、末備前の長船国光の作だとわかります。所伝では、山中鹿介所用とされ、刀身の表側には倶利伽羅龍の彫物が、裏には「佐々木大明…続きを読む

第441回

2019.04.19目で見る毛利家あれこれ

 写真は「色々威小具足(いろいろおどしのこぐそく)」という、少年用のよろいかぶとです。紫・紅・萌葱三色の糸で、よろいの部材を綴っていることから「色々威」と呼びます。よく見ると、小札(こざね…続きを読む

第440回

2019.04.12目で見る毛利家あれこれ

 写真は、春の毛利氏庭園を南側、海の方から眺めたものです。この庭園は、もともと公爵毛利家の本邸として、大正五年(一九一六)に完成した邸宅の主要部分が「毛利氏庭園」として、平成八年(一九九六…続きを読む