山口県のフリーペーパー「地域情報新聞 ほっぷ」WEB版

お問い合わせはこちら

目で見る毛利家あれこれ

~毛利博物館収蔵資料と歴史ばなし~

第459回

2019.09.06目で見る毛利家あれこれ

 写真は、幕末の長州(萩)藩主毛利敬親の「具足」です。紺糸を用いて、黒漆の部分を多く表に出した、質実剛健なもので、いかにも動乱の時代に作られた一品です。   紆余曲折を経て、思い…続きを読む

第458回

2019.08.30目で見る毛利家あれこれ

 写真は、萩を流れる阿武川の支流松本川の放水路として、安政二年(一八五五)長州(萩)藩が作った「姥倉(うばくら)運河」の絵です。   この絵が描かれたのは、明治時代と思われます。…続きを読む

第457回

2019.08.23目で見る毛利家あれこれ

写真は、長州(萩)藩の領域を描いた「萩藩領図屏風」の一部です。領国の西端豊浦郡を描いたものですが、現在の下関市に含まれる吉田と小月から先、長府や下関は描かれていません。それは、豊浦郡の大部…続きを読む

第456回

2019.08.09目で見る毛利家あれこれ

 写真は、毛利就隆の「上知目録」です。上知とは、所領などを主君に返却することの意味で、これは、元和七年(一六二一)に、下松(のち徳山)藩主であった毛利就隆が、兄で長州(萩)藩主であった毛利…続きを読む

第455回

2019.08.02目で見る毛利家あれこれ

 写真は、「飾太刀(かざりたち)」の拵(こしらえ)です。飾太刀の名にふさわしく、鍔(つば)は奈良時代以来の唐太刀(からだち)の系譜をひく分銅形、総体に金銀や螺鈿・宝石をふんだんにあしらった…続きを読む

第454回

2019.07.26目で見る毛利家あれこれ

 写真は、明治時代半ばに描かれた錦絵です。画中の具足櫃に「長門中将具足」と記され、各種道具箱には、毛利家の家紋が描かれていますから、幕末の長州(萩)藩主毛利敬親の大名行列、それも東海道沿い…続きを読む

第453回

2019.07.19目で見る毛利家あれこれ

 写真は、長州(萩)藩の初代藩主毛利秀就(ひでなり)所用の具足です。兜の上にそびえる銀の頭立(ずだて)が特徴的ですが、思いのほか軽く作られています。その他の部位は、無駄な装飾はなく、実戦向…続きを読む

第452回

2019.07.12目で見る毛利家あれこれ

 写真は、長州(萩)藩の領域を描いた「萩藩領図屏風」の一部です。この屏風は、六曲半双のものですが、領国の西端豊浦郡と、東端玖珂郡の大部分は描かれていません。この両郡は、そのほとんどが、江戸…続きを読む

第451回

2019.07.05目で見る毛利家あれこれ

 写真は、長州(萩)藩の領域を描いた「萩藩領図屏風」の一部です。この屏風は、六曲半双のものですが、領国の西端豊浦郡と、東端玖珂郡の大部分は描かれていません。この両郡は、そのほとんどが、江戸…続きを読む

第450回

2019.06.28目で見る毛利家あれこれ

 写真は、将軍徳川秀忠が、長州(萩)藩主毛利秀就に与えた「領知判物(りょうちはんもつ)」です。「領知判物」とは、所領や領民の支配権である大名の「領知」権を、主君である将軍が認める書類のこと…続きを読む