山口県のフリーペーパー「地域情報新聞 ほっぷ」WEB版

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目で見る毛利家あれこれ

~毛利博物館収蔵資料と歴史ばなし~

第472回

2019.12.06目で見る毛利家あれこれ

 写真は、雪舟が描いた水墨画「四季山水図」の一部です。世界的にもよく知られた絵画ですが、そもそもは防長両国(山口県)を本拠としていた守護大内氏の依頼で描かれたものだそうです。描かれた経緯や…続きを読む

第471回

2019.11.29目で見る毛利家あれこれ

 写真は、毛利元就が用いたとされる軍旗です。もとは縦に細長い幟旗だったようですが、下の部分がちぎれて失われています。上部がなめした鹿革で補強され、紐が付けられていますので、紐で竹竿に括り付…続きを読む

第470回

2019.11.22目で見る毛利家あれこれ

 写真は、能装束の一種「唐織(からおり)」といいます。女性や若い公達を演じるときに着るとされ、それにふさわしく、身頃ごとに地色を変え、「互(ぐ)の目」とよばれる、互い違いに配置された菊文と…続きを読む

第469回

2019.11.15目で見る毛利家あれこれ

 写真は、印章を納める印箱です。   全体は朱塗で、蓋の上部と、四つの側面には、沈金と呼ばれる、漆塗の表面を掻いて作った溝に、金箔をはめ込む技法で、雲間を飛ぶ龍を描いています。仕…続きを読む

第468回

2019.11.08目で見る毛利家あれこれ

 写真は、毛利元就の肖像画です。教科書などにもよく載せられていますので、元就といえばこの顔、といえるほど著名なものです。実際には元就の死後二十年ほどして、孫の輝元が描かせたもののようですが…続きを読む

第467回

2019.11.01目で見る毛利家あれこれ

 写真は、毛利隆元の自画像とされる肖像画です。   隆元は、元就の長男として大永三年(一五二三)に生まれました。記録の豊富な毛利家には珍しく、生まれた日は伝えられていません。また…続きを読む

第466回

2019.10.25目で見る毛利家あれこれ

 写真は、毛利元就が長男隆元・次男元春・三男隆景、三人の子息に与えた自筆の書状です。一般には「三子教訓状」と呼ばれ、三本の矢の伝説のもととされた、著名なものです。   この手紙の…続きを読む

第465回

2019.10.18目で見る毛利家あれこれ

 写真の水差は、明治三年(一八七〇)十月二日、毛利敬親が朝廷から拝領した文庫に納められた、ふくさ・文珍・印籠などの用具一式の一つです。   この日敬親は、明治天皇から勅書を下され…続きを読む

第464回

2019.10.11目で見る毛利家あれこれ

 写真は、明治二年(一八六九)六月、長州(山口)藩主毛利元徳(もとのり)を山口藩知事に任命した辞令です。   ここには「山口藩知事」と明記されています。それまでの新政府からの書類…続きを読む

第463回

2019.10.04目で見る毛利家あれこれ

 写真は、明治二年(一八六九)正月に、長州(山口)藩主毛利敬親らに下された、版籍奉還に関する行政官の「沙汰書」、すなわち朝廷からの命令書です。   薩長土肥四藩の藩主が、自らが支…続きを読む