山口県のフリーペーパー「地域情報新聞 ほっぷ」WEB版

お問い合わせはこちら

華清宮

2019.12.13

草遮囘磴絶鳴鸞

雲樹深深碧殿寒

明月自来還自去

更無人倚玉欄干

 

唐の崔魯(さいろ、生没年不明)の「華清宮(かせいきゅう)」。華清宮は玄宗皇帝と楊貴妃が遊んだ宮殿。

 

■読みと解釈

草遮囘磴絶鳴鸞

草は囘磴(かいとう)を遮(さえぎ)り鳴鸞(めいらん)を絶(た)ち

[草が曲がりくねった石段を塞ぎ玄宗皇帝のお車の鈴の音はなく]

 

雲樹深深碧殿寒

雲樹(うんじゅ)は深深(しんしん)として碧殿(へきでん)は寒し

[雲まで聳える樹木は奥深く薄暗く碧玉の華清宮は寒々している]

 

明月自来還自去

明月は自(おのずか)ら来たり還(ま)た自ら去るも

[晴れた夜の月は世事にお構いなく現れたり消え去ったりするが]

 

更無人倚玉欄干

更(さら)に人の玉の欄干(らんかん)に倚(よ)る無し

[昔と違って玉の欄干にもたれかかる玄宗皇帝と楊貴妃の姿はない]

 

 

■注目点

華清宮の栄枯盛衰に注目。華清宮は草が茂り、荒れに荒れている。玄宗皇帝と楊貴妃の姿はない。二人が華清宮で遊んだのは百二十数年前。作者の心は痛む。

空には明月。その明月を欄干に寄りかかり、眺めている人がいる。それは玄宗皇帝と楊貴妃。二人はもの思いに耽り、愛を確かめあっている。だがその光景は過去の光景。人は流れの中で生きており、時の流れに従って、人は様々に変化し、一喜一憂する。栄と盛は永遠に栄、盛ではない。必ずや枯になり衰になる。華清宮を題にして玄宗皇帝と楊貴妃の栄枯盛衰を詠むのが本詩。

 

《PN・帰鳥》