山口県のフリーペーパー「地域情報新聞 ほっぷ」WEB版

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第476回

2020.01.10

 写真は、江戸時代の絵師土佐光成(とさみつなり)が描いた正月飾りの絵です。これは、歳神を迎えるため、住居の入り口にしつらえる門松飾りを描いたものです。冬にも枯れないことから不老不死の象徴とされ、神が降り立つ木としてめでたいと考えられていた松に、やはり枯れないことから永遠を象徴するとされた竹を組み合わせ、家が代々栄えることを願う橙に、串柿、伊勢エビが添えられています。

 

松とともに、古くから日本人の生活に密着し、生活を支えてきた竹は、竹を大切にする中国の考え方がとりこまれて、日本でも不老不死、長寿の象徴とされたようです。

 

荒れた土地や狭い土地でも十分育ち「雨後の竹の子」という言葉で示されるように、繁殖力の強い竹は、弓矢・籠など武器や器の資材や、建築資材としても重宝されたようです。

 

戦乱が続いた戦国時代は、同時に、毛利氏や織田氏など、各地で戦国大名が広大な領国を築き、覇を競った時代でもありました。領国が広大になるにつれ、戦争の規模は大きくなり、戦いそのものも長引くようになりました。毛利氏の尼子氏攻略や、織田氏の石山本願寺攻略、毛利氏と織田氏の戦いに代表されるように、決着までに数年かかる大戦争も多く、陣地や陣城とよばれる仮設の要塞が建設されることも、ままありました。

 

戦場に近い村落や、通りすがりの集落では、対立する双方の勢力が、戦争を遂行するための物資を調達しました。なかには、暴力的に人や資材を取り上げ、まともな対価を払わない「狼藉(ろうぜき)」行為も多く見られました。村落や寺社は、狼藉を防ぐため、大名に協力する見返りとして、狼藉の禁止を求めました。その主張が認められると、大名から、禁止事項が記された「禁制」が公布されました。その中には、無断での竹木採用が禁じられることが多く、竹がいかに重要な軍事物資であったかを知ることができるのです。