山口県のフリーペーパー「地域情報新聞 ほっぷ」WEB版

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第475回

2019.12.26

 写真は、江戸時代の絵師土佐光成が描いた正月飾りの絵です。これは、歳神を迎えるため、住居の入り口にしつらえる門松飾りを描いたものです。冬にも枯れないことから不老不死の象徴とされ、神が降り立つ木としてめでたいと考えられていた松に、やはり枯れないことから永遠を象徴するとされた竹を組み合わせたものです。

 

古くから日本人の生活に密着し、生活を支えてきた松は、この木を神聖視する中国の考え方がとりこまれて、日本でも不老不死、長寿の象徴として大切にされたようです。

 

この松の霊力にあやかろうとしたのでしょうか、毛利家でも、元就の「松寿丸」や元就の甥の「幸松丸」などのように、生まれたばかりの子に、「松」の字を持つ幼名がつけられた例が見られます。

 

ところで、この元就の「松寿丸」、一体何と読むのでしょうか。残念ながら、元就の前半生は不明なところが多く、幼名を仮名で記した同時代の史料は見いだされてはいませんので、元就の幼名の正確な読みは不明です。

 

元就の甥についても、仮名書きされた史料はありません。ただ、隣国備後国の有力領主であった山内直通の幼名は、幸松だったようですが、彼の名を「かうまつ」と仮名書きした、当時の史料が残されていますので、読み方は「こうまつ」にまちがいないようです。

 

元就の孫にあたる輝元の幼名は幸鶴丸ですが、かれにも「かうつる」と仮名書きした史料があるので、読みは「こうつる」にまちがいないようです。

 

わずか二つの例ですが、「幸」の嘉字は音読み、「松」や「鶴」など、動植物は訓読みにするという例に従うならば、元就の幼名「松寿丸」は「まつじゅまる」と読むのが適切なように思われますが、いかがでしょうか。