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昭応に宿す

2020.03.13

武帝祈霊太乙壇

新豊樹色繞千官

那知今夜長生殿

独閉空山月影寒

 

七二七年生まれの顧況(こきょう)の「昭応(しょうおう)に宿す」。昭応は県名。位置は陜西省臨潼(りんとう)県。

 

■読みと解釈

武帝祈霊太乙壇

武帝は霊(れい)に太乙壇(たいいつだん)に祈り

[漢の武帝は儀式として天神を太乙の祠に祟め奉り]

 

新豊樹色繞千官

新豊(しんぽう)の樹色は千官を繞(めぐ)る

[新豊県の鮮やかな樹木の色は多くの官吏を囲んでいる]

 

那知今夜長生殿

那(なん)ぞ知らんや今夜の長生殿(ちょうせいでん)は

[どうして判ろう判るはずがない今夜の長生殿が]

 

独閉空山月影寒

独り空山(くうざん)の月影(げつえい)の寒きに閉(と)ざさんとは

[ただ人気のない山の月の光が寒々とする中で門を閉ざしていようとは]

 

 

■注目点

言いたいことに注目。本詩は顧況が昭応県に泊まった時の作。昭応は唐の玄宗の時の名で、新豊は漢の武帝の時の名で同じ位置。

武帝は新豊県に天神を祭り、玄宗は昭応県に長生殿を建て楊貴妃と遊んだ。

冒頭二句は武帝の盛大を詠み、後半二句は玄宗の衰退を詠む。ここに過去と現在の対称の妙がある。

武帝の盛大は実は武帝の盛大を借りて玄宗の盛大を詠む。漢を借りて唐を詠む手法は常套手法。従って本詩は玄宗の盛大と衰退を詠む。長生という名の殿とて永遠不滅ではない。顧況は長生殿のある昭応県に泊まり、玄宗の栄枯盛衰を詠む。言いたいのはここ。

 

《PN・帰鳥》