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廬起居を送る

2020.02.28

相如擁伝有光輝

何事闌干涙湿衣

旧府東山余妓在

重将歌舞送君帰

 

七五八年生まれの武元衡(ぶげんこう)の「廬起居(ろききょ)を送る」。廬は姓。起居は天子の言行を記録する役人。

 

■読みと解釈

相如擁伝有光輝

相如(しょうじょ)は伝(でん)を擁(よう)して光輝(こうき)有るに

[司馬(しば)相如は早馬を押し立て光り輝いているのに]

 

何事闌干涙湿衣

何事ぞ闌干(らんかん)として涙は衣を湿(うる)おす

[どうしてはらはらと泣き涙で上着を濡らすのか]

 

旧府東山余妓在

旧府(きゅうふ)の東山(とうざん)には余妓(よぎ)在りて

[謝安が昔いた邸宅の東山には多くの妓女がいて]

 

重将歌舞送君帰

重ねて歌舞を将(も)って君が帰るを送らん

[その妓女が更に君が帰るのを送るであろう]

 

 

■注目点

武元衡の思いに注目。

漢の司馬相如(?~前一一八)は早馬に乗り、洛陽から生地の蜀へ行き、高位高官に歓迎された。この司馬相如に廬起居を準えた。

晋の謝安(三二〇~三八五)が隠棲していた東山には妓女(げいしゃ)がいた。この謝安に廬起居を準えた。

本詩は廬起居を司馬相如と謝安に準えるところに妙味がある。廬起居は天子側近の役人。光り輝く任だから、はらはらと涙で上着を濡らすことなく、多くの妓女の歌や舞で華やかに送ろう、との武元衡の思いを詠んだ詩。

 

《PN・帰鳥》