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三笘薫のハゲ髪型と兄や父親母親!橘高校で小学校中学も【カタールワールドカップ2022】

今回は日本代表期待のドリブラー三苫薫選手について紹介していきます。三苫選手といえばなんといってもドリブルですよね!三苫選手がボールを持つとワクワクが止まらないファンやサポーターの方も多いのではないでしょうか?

今回はそんな三苫薫選手について紹介していきます。

目次

三笘薫はハゲ?髪型も

今現在日本サッカー界で最も期待されていると言っても過言ではない選手の1人である三苫薫選手ですがネットにて三苫選手について検索すると候補欄に様々な言葉が並ぶ中その一つに『三苫薫 ハゲ』というワードが出てきます。

どのような意味なのでしょうか?調べたところ三苫選手のヘアースタイルが時によっては薄く見えることによって三苫選手が自身の髪の薄さをヘアースタイルによって隠しているのではないか?というネット上での声がこの噂の元だそうです。

三苫選手が本当にハゲているのか調べたところ三苫選手がハゲている事実というのは確認されませんでした。髪の毛の専門家である美容師さん等のネット上の進言によるとサッカー中のヘアースタイルの乱れと普段の前髪の分け目が大きくはげているように見えるため、ハゲという噂が出ているそうです。

三笘薫の兄や父親母親

三苫薫選手は若い頃に陸上をされていた父親の武史さんとバレーボールをやられていた母親、それに三苫選手より3歳年上の兄の4人家族だそうです。

三苫選手を含むトップアスリートとなる方両親が何かしらのスポーツをやられていた方が多いですよね!遺伝子的に優位性が生じるのでしょうか?三苫選手の3つ年上のお兄さんも三苫選手同様に幼少期からサッカーをしていました。

三苫選手サッカーを始めたきっかけお兄さんがサッカーをプレーされていた影響だそうです。幼少期からよく三苫選手とお兄さんは一緒にサッカーの試合をテレビで見たり1対1をしたり等三苫選手にとっては1番身近にいた『ライバル的存在』だったのかもしれないですね!

お兄さんは現在も社会人チームでサッカーを続けられているそうです!

三笘薫は橘高校で小学校中学

三苫選手の地元は神奈川県川崎市宮前区鷺沼です。三苫選手は小中高を地元川崎市の鷺沼小学校→有馬中学校→橘高校(川崎市立)の順で学生生活を送っていました。

サッカーのプレーしていたチームは全て学校のクラブ活動である部活動ではプレーせず9歳までは地元クラブのさぎぬまSCでプレーし以後は川崎フロンターレの育成組織(川崎フロンターレジュニア→ジュニアユース→ユース)に入団して高校までサッカーをプレーしました。

Jリーグの川崎フロンターレの試合を見ているとサポーターが掲示している横断幕に『川崎から世界へ』という横断幕がよくスタジアム横に掲載されているのですが三苫選手はまさに『川崎から世界へ』を体現しているキャリアの持ち主であることは一目瞭然ですね!

三笘薫の筑波大学時代

橘高校に在学しながら川崎フロンターレユースでプレーしていた三苫薫選手。所属していた川崎フロンターレの強化部からはトップチーム昇格を打診されるも三苫選手はそれを断り大学サッカーの名門クラブ筑波大学へ進学。

トップチーム昇格を断った理由は『ユースから昇格をしてもすぐに試合に出れる実力も自信もなかった。自分の成長のために大学サッカーで試合に出るほうが得策だと思った。』とのちに語っておりこの選択が間違いでなかったことは今の三苫選手を見ればわかるかと思います。

筑波大学進学後は1年生から中心選手としてチームを牽引。大学2年生時には天皇杯2回戦でにてプロクラブのベガルタ仙台を相手に三苫選手自身の2得点などもあり筑波大学が勝利。三苫選手自体も個の力が圧倒的にプロ選手たちを圧倒したパフォーマンスを見せました。

その年には当時2年生ながら古巣の川崎フロンターレ大学卒業後の入団が内定。加えて特別指定選手ともなり川崎フロンターレに選手登録をされています。筑波大学時全日本大学選抜にも選出され大活躍の4年間を過ごしました。

まとめ

今回は日本代表の希望の光である三苫薫選手について紹介させていただきました。

三苫選手のドリブルは必ず世界で通用するクオリティのあるドリブルです。それは世界トップレベルのレベルであるプレミアリーグの所属先クラブ、ブライトンでも証明しています。三苫選手には森保ジャパンでもそのドリブルでチームを救って欲しいですよね!

本記事をお読みいただきありがとうございました。

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