伝わるぬくもり ほのぼの絵手紙 第166回

伝わるぬくもり ほのぼの絵手紙 第166回
漢詩にみる折々の風景
小園煙草接鄰家
桑柘陰陰一径斜
臥読陶詩未終巻
又乗微雨去鋤瓜
一二一〇年生まれの陸游(りくゆう)の「小園」。小さな畠。
■読みと解釈
小園煙草接鄰家
小園の煙草(えんそう)は鄰家(りんか)に接し
小さな畠の霞に覆われた草は隣の家に続き
桑柘陰陰一径斜
桑柘(そうしゃ)は陰陰として一径(いっけい)斜めなり
桑や柘(やまぐわ)は茂って薄暗く小道が一本斜めに続いている
臥読陶詩未終巻
臥(が)して陶詩(とうし)を読むも未だ巻を終えざるに
寝転んで陶淵明(とうえんめい)の詩を読んでいたが読み終わらぬうちに
又乗微雨去鋤瓜
又た微雨に乗じて去(ゆ)きて瓜(うり)を鋤(す)く
また小雨を利用して出かけ瓜畠を耕すことにする
■注目点
小さな畠。どんな風景かに注目。
小さな畠は草が生え、桑や柘が茂り、瓜を植える所です。季節は春のようです。
畠には霞で覆われた草。草はいま春とばかり、生い茂っている。その草畠が隣の家まで続いている。
桑と柘。これもいま春とばかり、木陰を成すほどで茂っている。蚕の餌でしょうか。
こんな畠の持ち主は、農民詩人の陶淵明の詩を読みます。同じ農民として共感するところがあるのでしょうか。
読み終わらぬうちに小雨になる。小雨を待っていたのか、畠へ出て瓜を植える準備。
雨の農村風景です。
《PN・帰鳥》
好感度アップ! まどか先生のマナーアップ講座〜今さら聞けない悩みもこれでバッチリ!〜第100回

社内での好感度アップの秘訣
この度は上司によくある、ふてぶてしいイメージを与える言動についての見直しです。女性のみでなく、男性も使用できる内容です。
@ 朝の挨拶時に、コメントをつけてあげて下さい。上司の立場なら、「困っている事はない?」「大丈夫?」「頑張ってね」など、心遣いの一言をつけます。但し、「頑張ってね」は、目上の人には使用しないようにお気を付け下さい。
A 「○○さん、おはよう」と、お名前をつけてあげて下さい。
B お相手の言葉を、むやみな相槌でせかさないようにしましょう。お相手が、マニュアル通りの受答えの台詞に一生懸命で、貴方様のように敏速な受答えが出来ていない時も、むやみに早い相槌を連呼し、お相手を困らせないようにしましょう。お相手は動揺し、もっと話せなくなります。
花の育て方 イベリス「マスターピース」 No348

科名/アブラナ科
原産/西アジア、東・南ヨーロッパ

《特徴》
イベリス「マスターピース」は、耐寒性常緑多年草でイベリス「ジブラルタリア」とイベリス「センパビレンス」の交配で生まれた全く新しいタイプのイベリスです。一般的な「センパビレンス」とは比較にならないほどの巨大輪で、分枝の良い品種です。関東以南の暖地で、戸外で常緑で越冬します。地域にもよりますが、毎年4月頃から純白の花が咲き始め、暑い夏も咲き、初秋頃まで咲き続けてくれます。立ち性で株立ち状に生育し、開花草丈は40〜60cm程度になり、庭植えでも鉢植えでも楽しめます。

《管理方法》
日当たりと水はけの良い場所を好みます。暑さと寒さには強いですが、夏の多湿に弱いので、水はけの良い土に植え込み、風通しの良い所で管理して下さい。土の表面が乾いたら水をたっぷり与えて下さい。花が枯れてきたら花がらをこまめに摘み取るのが長期間花を楽しむコツです。そのまま花がらを残しておくと、栄養がそちらにも行ってしまい、花をつけるための栄養が足りなくなってしまうからです。花が終わったら軽く切り詰めると、次の花がたくさん咲いてきます。肥料は生育期に1ヶ月に1度、緩効性肥料を与えるか、1週間に1度、液体肥料を与えて下さい。春または秋に挿し芽で殖やせます。
目で見る 毛利家あれこれ 〜毛利博物館収蔵資料と歴史ばなし〜 第92回

これはとても珍しいもので、頸実検の作法を記した書付です。頸実検とは、戦場で獲得した頸を、その頸と面識のある人物に確認させ、本人であることを確認する作業のことです。また、大将の面前でその頸を披露し、その功績の軽重を計る行為でもありました。武士が主君のため戦場で命を危険に晒すのは、戦功によってもたらされる恩賞が目当てといっても過言ではありませんから、武功をはかり、確定する頸実検は、武士にとって最も重要な行為の一つでした。
内容を読むと、意外に細かなことが書かれていて驚きます。たとえば、「頸を貴人が見るときには、特定の鎧直垂を着用し、矢を背負い、弓を持ち、その弓を杖のように持たなくてはならない」とか、「頸を見せる者は、柔らかな生地で作られたなし打ちの鎧直垂を着るべし」「頸の台は広さ八寸(約二四p)四方、高さ六寸(約一八p)の三本足がついた檜板でなくてはならない」「頸をお目にかけるときは、台を下に置き、右の手で髻(もとどり)をつかみ、左の手で頤(おとがい)のあたりを抱えるようにしなくてはならない」など、実に細かいのです。
私たち現代の人からすれば、頸実検などは、戦争の後の地味な事務的作業と考えがちです。しかし、戦を生業とし、まさに命を的に戦っていた武士たちにとって頸実検は、戦場に勝るとも劣らない、重要なアピールの場でした。また、人の命を奪う行為は、仏教思想に覆われていた中世において、現在とはやや異なるでしょうが、罪深い行為ではあったに違いありません。
戦功をアピールする華々しい場としての頸実検、殺人という罪業を戦に参加したすべての人々が再確認する場としての頸実検、こうしたさまざまな理由から、頸実検は、荘厳な儀式化し、着る服も豪華なものに、しぐさ一つ一つにも意味を持たせるなど、事細かな作法が必要になったのでしょう。こうした細々した作法を身に付けることもまた、武人の、特に大名クラスの将たる者にとっては必要不可欠な嗜みの一つだったのです。