山口県のフリーペーパー「地域情報新聞 ほっぷ」WEB版

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目で見る毛利家あれこれ

~毛利博物館収蔵資料と歴史ばなし~

第350回

2017.06.23目で見る毛利家あれこれ

これは、長州(萩)藩の三代藩主毛利吉就(よしなり)所用の具足の兜です。前立(まえだて)とよばれる飾りに付けられた、毛利家の家紋が印象的です。枝菊の透かし彫りなどが、いたく技巧的になっている…続きを読む

第349回

2017.06.16目で見る毛利家あれこれ

写真は、長州(萩)藩の五代藩主毛利吉元が、将軍徳川吉宗から拝領した「熨斗目(のしめ)」です。「熨斗目」とは、裃や大紋・素袍(すおう)の下に着用する、武士の礼服です。   箱書によ…続きを読む

第348回

2017.06.09目で見る毛利家あれこれ

写真は、長州(萩)藩の第三代藩主毛利吉就(よしなり)が自ら筆をとって描いた「柳に燕図」です。毛利博物館には、このほかにも、吉就筆の絵が残されていますが、それらを見ると、吉就は、狩野派の画技…続きを読む

第347回

2017.06.02目で見る毛利家あれこれ

写真は、長州藩(萩藩)の五代藩主毛利吉元の肖像画です。吉元は、延宝五年(一六七七)支藩の長府藩主毛利綱元の子として生まれましたが、宝永四年(一七〇七)に、長州藩の四代藩主毛利吉広に後嗣がい…続きを読む

第346回

2017.05.26目で見る毛利家あれこれ

写真は、毛利元就が長男の隆元に与えた自筆の書状です。   いわゆる「三子教訓状」と同時に書かれたとされ、五か国の太守にのし上がった毛利氏を良かれと思う者は、本国安芸(広島県)にも…続きを読む

第345回

2017.05.19目で見る毛利家あれこれ

写真は、毛利元就の肖像画です。頭上に記された「賛(さん)」という、画像の人物を讃える文章によると、天正十九年(一五九一)に描かれたもののようです。現在では、元就の孫輝元が広島城に本拠を移転…続きを読む

第344回

2017.05.12目で見る毛利家あれこれ

写真は、毛利元就が長男隆元、次男元春、三男隆景に宛てた自筆の書状、いわゆる「三子教訓状」の前半部分です。   この書状は、防長両国で、大内氏旧臣や各地の地侍層が起こした「地下人一…続きを読む

第343回

2017.05.05目で見る毛利家あれこれ

写真は、毛利隆元の自画像とされる肖像画です。毛利元就の長男として生まれた隆元は、天文十五年(一五四六)、二十四歳の時に、元就から家督を譲られ、毛利家の当主となりました。以来、永禄六年(一五…続きを読む

第342回

2017.04.28目で見る毛利家あれこれ

写真は、「縹糸胸紅白威胴丸具足(はなだいとむねくれないしろおどしどうまるぐそく)」という甲胄です。「毛利家文書」によると、大内氏の重臣内藤興盛が、毛利隆元に贈ったものだそうです。隆元は、興…続きを読む

第341回

2017.04.21目で見る毛利家あれこれ

写真は、旧毛利家本邸の「食事ノ間」を写したものです。「食事ノ間」とは、当主家族が食事をとる部屋のことです。旧毛利家本邸の場合、一番奥、床(とこ)のある部屋が、文字どおり当主夫妻が食事をとる…続きを読む