山口県のフリーペーパー「地域情報新聞 ほっぷ」WEB版

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目で見る毛利家あれこれ

~毛利博物館収蔵資料と歴史ばなし~

第411回

2018.09.14目で見る毛利家あれこれ

写真は、「中啓(ちゅうけい)」という、扇子の一種です。骨が途中で曲げられ、閉じても半開きの末広がりの状態となるため、「末広」とか「末広扇」とも呼ばれます。江戸時代の武家では、直垂(ひたたれ…続きを読む

第410回

2018.09.07目で見る毛利家あれこれ

写真は、最後の長州(山口・萩)藩主となった毛利元徳(もとのり)の肖像画です。   元徳は、支藩徳山藩の藩主毛利広鎮(ひろしげ)の実子でしたが、宗藩の藩主毛利敬親(たかちか)の養子…続きを読む

第409回

2018.08.31目で見る毛利家あれこれ

写真は、谷文二が描いた、毛利家の江戸藩邸「麻布邸」から眺めた江戸城下の遠望図です。「麻布邸」の奥深くから、東方面を眺めて描かれたもので、江戸城や汐留の海岸が詳細に描かれています。文二は、毛…続きを読む

第408回

2018.08.24目で見る毛利家あれこれ

写真は、久坂義助(玄瑞)が高杉晋作(暢夫)に宛てた書状です。   文久三年(一八六三)八月十八日の政変で、京都から追放されたことを「面目もなき失策」と述べ、朝廷への申し開きのため…続きを読む

第407回

2018.08.10目で見る毛利家あれこれ

写真は、硯箱(すずりばこ)といい、硯や筆など、筆記用具を収める箱です。これは、梨地(なしじ)に、赤みがかった漆で水の流れを表し、金銀の高蒔絵で菊花をあしらっています。   記録に…続きを読む

第406回

2018.08.03目で見る毛利家あれこれ

写真は、久坂玄瑞が長州(萩)藩政府に提出した赤間関の防備に関する意見書の一部です。   実物はとても長いものですが、海路が狭まっている関門海峡を絶好の攘夷の地と見定めて、壇ノ浦か…続きを読む

第405回

2018.07.27目で見る毛利家あれこれ

写真は、萩(長州)藩の領域を描いた屏風絵です。全部で六枚の画面に、防長両国のうち、吉田(下関市)から東と、高森(岩国市)から西の部分を描いています。赤間関や長府(ともに下関市)、岩国などは…続きを読む

第404回

2018.07.20目で見る毛利家あれこれ

写真は、毛利敬親所用の甲胄です。よろいの部材を黒い糸でつないでいますので「黒糸威腹巻(くろいとおどしのはらまき)」と呼びます。黒一色の武張った感じの甲胄ですが、よろいを構成する「札板(さね…続きを読む

第403回

2018.07.13目で見る毛利家あれこれ

写真は、毛利元徳所用の陣笠です。陣笠とはもともと、足軽など軽輩が兜の代わりに用いた防具ですが、戦のなくなった江戸時代には、大名など上級の武士にも用いられたといいます。   この陣…続きを読む

第402回

2018.07.06目で見る毛利家あれこれ

写真は、幕府が長州(萩)藩主毛利敬親に与えた命令書です。右端の「松平大膳大夫」が敬親です。日付・差出人は記されていませんが、添えられた包紙に記された注記から、嘉永六年(一八五三)十一月十四…続きを読む