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鶴林寺に書きつける

2015.11.13

終日昏昏酔夢間

忽聞春尽強登山

因過竹院逢僧話

又得浮生半日閑

 

八〇〇年頃の李渉(りしょう)の「鶴林寺(かくりんじ)に書きつける」詩。鶴林寺は長江河口の寺。

 

■読みと解釈

終日昏昏酔夢間

終日昏昏(こんこん)たり酔夢(すいむ)の間

[一日中ぼんやり過ごし酔っ払って夢を見ている時のよう]

 

忽聞春尽強登山

忽(たちま)ち春の尽(つ)くるを聞き強(し)いて山に登る

[俄かに春が終わると耳にし無理やり山に登ることにした]

 

因過竹院逢僧話

竹院に過(よ)ぎるに因(よ)り僧に逢(あ)いて話し

[竹に囲まれた寺に立ち寄ったところ僧侶に出会って話をし]

 

又得浮生半日閑

又た浮生(ふせい)の半日の閑(かん)を得たり

[その上に定めぬ人生の僅かな暇な時を手にした]

 

■注目点

作者の心境に注目。

鶴林寺は竹林の中にあり、竹林寺とも言う。

朝から晩まで酔生夢死の暮らし。怠惰な日々。こんな暮らしの折、春終了の報。登山の思いに駆られる。酔生夢死の暮らしから脱出。そう思ったのでは。春山は生命力溢れている。

登った所は竹林。寺がある。立ち寄ると僧侶と対面。僧侶は世俗とは無縁。衆生済度を生涯の任とする人。

話をする内に済度され、僅かな時間ながら、酔生夢死から解放。

この喜びを詩にし、鶴林寺の壁に書きつけたのです。李渉の心境や爽やか、清らか、空無。

 

《PN・帰鳥》