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長信の草

2017.05.05

長信宮中草

年年愁処生

故侵珠履跡

不使玉階行

 

七三〇年頃の崔国輔(さいこくほ)の「長信の草」。長信は漢の世の宮殿の名。

 

■読みと解釈

長信宮中草

長信宮中の草

[長信宮殿内の草々は]

 

年年愁処生

年年愁うる処に生ず

[毎年愁うる所に生える]

 

故侵珠履跡

故(ゆえ)に珠履(しゅり)の跡を侵し

[だから天子の靴跡を害し]

 

不使玉階行

玉階をして行かしめず

[宮殿の階段を歩けなくする]

 

 

■注目点

長信宮の草の持つ意に注目。

長信宮殿は漢の世の、成帝の母なる皇太后の居所。時に成帝の寵愛を受けていた班婕妤(はんしょうよ)は、成帝に新しい愛姫ができ、身の危険を感じて、成帝の下を去り、皇太后の世話をするとし、長信宮殿で暮らすこととした。

長信宮殿に草が生える。長信宮殿は愁うる所。愁うるのは誰か。皇太后と班婕妤。愁うる皇太后と班婕妤に代わって生えるのが草。

草は天子成帝の靴跡を害し、宮殿の階段を歩けなくする。草のせいで成帝は母なる皇太后に会うこともできぬし、母なる皇太后は子たる成帝に会うこともできぬ。

非情な草が成帝の動き、皇太后の動きを阻害する。成帝の動きができぬのは、成帝自身にあるのではない。罪は草にある。責任を転嫁する。草の持つ意味。なかなかの手法である。

 

《PN・帰鳥》