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銅雀台

2019.07.19

銅台宮観委灰塵

魏主園陵章水浜

即今西望猶堪思

況復当時歌舞人

 

唐の劉廷琦(りゅうていき)の「銅雀台(どうじゃくだい)」。劉廷琦の生没年等は不明。銅雀台は魏の曹操(そうそう、一五五~二二〇)が築いた御殿。

 

■読みと解釈

銅台宮観委灰塵

銅台(どうだい)の宮観(きゅうかん)は灰塵(かいじん)に委(ゆだ)ぬるも

[銅雀台の御殿は灰や塵となり滅びるままだが]

 

魏主園陵章水浜

魏主(ぎしゅ)の園陵(えんりょう)は章水(しょうすい)の浜(ひん)なり

[曹操(そうそう)の御陵は章水の辺りに滅びずにある]

 

即今西望猶堪思

即今(そくこん)西のかた望むも猶(な)お思いに堪(た)ゆるも

[私はただ今西方の御陵を眺めてなお思いに堪え切れぬが]

 

況復当時歌舞人

況(いわ)んや復(ま)た当時の歌舞(かぶ)の人をや

[まして当時の宮女たちは思いに堪え切れなかっただろう]

 

 

■注目点

四句の構成に注目。

一句目は曹操の築いた御殿は既に滅亡していると言い、二句目は曹操を葬った御陵は今も存在していると言い、三句目と四句目は即今と当時との時代の違いを対比し、思いに堪え切れず沈んでしまうのは、即今の自分以上に当時の歌や舞を要請された宮女たちと言う。

一時代を築いた曹操の業績は偉大だが、時代が移るや、残るは虚しさばかりで、曹操及び宮女に深い深い同情を寄せる。

 

《PN・帰鳥》