山口県のフリーペーパー「地域情報新聞 ほっぷ」WEB版

お問い合わせはこちら

金谷園

2017.06.02

繁華事散逐香塵

流水無情草自春

日暮東風怨啼鳥

落花猶似堕楼人

 

八〇三年生まれの杜牧の「金谷園(きんこくえん)」。金谷園は富豪石崇(せきすう、二四九~三〇〇)の別荘。

 

■読みと解釈

繁華事散逐香塵

繁華なる事は散じて香塵(こうじん)を逐(お)い

[繁華な事柄は散らばり香る土埃(つちぼこり)を追い求め]

 

流水無情草自春

流るる水は無情にして草は自(おのずか)ら春なり

[水は思いやりもなく流れ草は自然に春を迎える]

 

日暮東風怨啼鳥

日暮の東風は啼(な)く鳥を怨(うら)み

[日暮れの春風は鳥の啼き声を恨めしく思い]

 

落花猶似堕楼人

落花は猶(な)お楼(ろう)より堕(お)つる人に似たり

[散り落ちる花はやはり高殿から落ちた人に似ている]

 

 

■注目点

本詩の巧みさに注目。

約五五〇年後の杜牧が、石崇の別荘金谷園を訪ね詠む詩だが、昔の別荘をどう詠むか。巧みさがどこにあるか。

発想としての巧みさは四つ。香塵を逐う。流れる水は無情。東風が啼く鳥を怨む。楼より落ちる人。

香塵を逐う。香る塵を追い求める。そこに漂うのは未練。有為転変。流れる水は無情。そこに漂うのは非情。永久不変。東風が啼く鳥を怨む。擬人法。楼より落ちる人。それは別荘の所有者石崇の妾の飛び降り自殺。

変化と不変の巧みさ。有為転変の金谷園とは対照的な永久不変の自然を詠む巧みさ。

 

《PN・帰鳥》