山口県のフリーペーパー「地域情報新聞 ほっぷ」WEB版

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貧しき交わりの行

2014.01.17

翻手作雲覆手雨

紛紛軽薄何須数

君不見管鮑貧時交

此道今人棄如土

 

七一二年生まれの杜甫(とほ)の「貧しき交わりの行(うた)」。

 

■読みと解釈

翻手作雲覆手雨

手を翻(ひるがえ)せば雲と作(な)り手を覆(おお)えば雨

[手のひらを上に向けると雲となり下に向けると雨となる]

 

紛紛軽薄何須数

紛紛(ふんぷん)たる軽薄は何ぞ数(かぞ)うるを須(もち)いん

[軽薄な連中はうようよ数える必要はない]

 

君不見管鮑貧時交

君見ずや管鮑(かんぽう)の貧しき時の交わりを

[見たまえ 管仲(かんちゅう)と鮑叔(ほうしゅく)の貧しい時の交わりを]

 

此道今人棄如土

此(こ)の道は今の人は棄(す)つること土の如(ごと)し

[この二人の道を今の人たちは泥のように投げ棄てている]

 

 

■注目点

貧しい時の交わり方に注目。

軽薄な交わり方と管仲・鮑叔の交わり方があり、杜甫は前者を否定し、後者を肯定する。

軽薄な交わり方は、手の動き次第で雲に化けたり、雨に化けたりする。日和見的で、いい加減な連中です。こんな連中は「貧しい時の交わり」の相手にはならぬ、と杜甫は言う。

大昔の管仲・鮑叔二人の交わり方は、相手が貧しい時は支え、相手を責めない。真心ある仲間です。この仲間こそ「貧しい時の交わり」の相手になる、と杜甫は言う。

今の世の「貧しい時の交わり」は軽薄な交わり。杜甫は嘆きます。

 

《PN・帰鳥》