山口県のフリーペーパー「地域情報新聞 ほっぷ」WEB版

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第462回

2019.09.27

 写真は、明治元年(一八六八)十一月頃、長州(山口)藩の執政(しっせい)と参政(さんせい)が示した、藩政改革に関する告諭です。

 

執政と参政とは、これに先立つ十月二十八日に、統一的な地方行政組織を作り上げることを目的に、明治政府が布達した藩治職制(はんちしょくせい)によって定められた、藩主を補佐する役職のことで、かつての家老職に相当します。

 

両職は、大政の一新に合わせて、人心を一新し、役職を清廉に務めなくてはならないことを示しています。そして、旧弊を一新するなど、新時代に向けた役人のあるべき姿を示した上で、今後目指すべき藩政の要目として、大政一新にふさわしく、「万国」に対峙するための、富国強兵策を実現しなくてはならないと主張しています。

 

富国策に関しては、この藩がこれまで「農政」と「金穀取締方」、すなわち民政と財政・経済政策については、特に長じてきたこと、その藩が、西洋列強のごとく「商」すなわち交易を盛んにすることで、並み居る諸藩に先んじることができるに違いないとします。

 

かつて攘夷派の急先鋒とされ、過激な攘夷論をもって中央政界の支持を得たこの藩が、王政復古後の朝廷の開国和親方針に則り、積極的に諸外国との交易を進めようとする変わり身の早さには、驚くばかりですが、この両職の主張する「商」の具体的な内容については、慎重に検討することが必要です。

 

「列藩・外国と並立する」と主唱するこの告諭からは、当時の藩首脳が、いまだに「長州藩」をいかに強く豊かにするか、という課題にとらわれていたことを如実に示しています。そこに注目しつつ、この告諭を読む限りにおいては、江戸時代後半にこの藩が実践してきた経済財政政策と、どこまで違いを見いだせるかは疑問を抱かざるを得ないのです。