山口県のフリーペーパー「地域情報新聞 ほっぷ」WEB版

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第432回

2019.02.15

写真は、「源氏物語絵巻」です。「源氏物語絵巻」とは、平安時代に紫式部によって記された「源氏物語」を、各章ごとにいくつかの場面にわけ、一枚ないしは数枚の絵と、それに対応させて文章を要約した「詞書(ことばがき)」を交互に配し、巻物にしたものです。

 

この絵巻の大部分は、狩野派が描いた源氏絵としてはかなり古いとされ、戦国期の狩野松栄、あるいはそれに連なる人物が描いたものだと推測されています。

 

松栄は、狩野派の祖とされた父元信、織田信長や豊臣秀吉に引き立てられ狩野派を飛躍させた子の永徳に比して、地味な印象です。永徳の派手な画風にくらべて、確かに柔和で地味な印象はぬぐえませんが、「両川」の一人吉川元春の長男元長は、自らの肖像画を「狩源」、すなわち松栄に依頼したいと記しています。これは、吉川氏の次期当主として、出家も叶わない身でありながら、せめて絵の上だけでも出家を果たして、後生の弔いにも役立てたいと考えた元長の悲願だったようです。影山純夫氏によると、現在吉川史料館に残されている僧形の元長肖像画が、松栄筆の特徴を持つとされていますので、元長の願いは、実現したのでしょう。

 

また松栄は、後に長州(萩)藩の家老職を務めた益田元祥の肖像画も描いています。この肖像画は、甲冑を着た騎馬武者像です。図像としても珍しいのだそうですが、現在確認される限り、唯一の確実な松栄作の肖像画として知られているようです。元祥は、吉川元春の娘を妻に迎えた、元長にとって義理の弟でしたから、あるいは元長との間に松栄の情報が交換されたのかもしれません。

 

戦国大名毛利氏にとって、狩野松栄は、かなり重要な役割を果たしたようですが、その歴史的意義については、まだよく分かっていないようです。