山口県のフリーペーパー「地域情報新聞 ほっぷ」WEB版

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第373回

2017.12.01

毛利家171201大内氏関係印写真は「大内氏貿易印等関係資料」として、「日本国王之印」や「通信符」とともに重要文化財に指定されている、大内氏ゆかりの印鑑です。

 

印面は、それぞれ「多々良朝臣」「大宰大貳」「左京兆亜中大夫多多良義長」と彫り表されています。現在では、木印の義長の印は日本国内で、鉛印の多々良印・大宰印は、いずれも国外で製作されたものだろうと考えられているようです。

 

当時の日本は、日常的な生活においては印鑑を必要とする社会ではありませんでした。古代に大陸から伝わった印鑑の文化は、律令制度の衰退とともに廃れたとされます。朝廷においても、時代が下るにつれ、蔵人など、天皇に近侍する人々の署名などが、印鑑に代わって用いられるようになりますし、それぞれの家では、家政を司る政所(まんどころ)の職員たちの署名が書かれた書類で、すべてが代用されるようになっていくようです。

 

やがて、署名は大幅に崩されて「花押(かおう)」とよばれるサインに発展していきますが、武士もこうした伝統を引継ぎ、公私の文書には、印鑑でなく、花押を記すようになります。確かに今残されている花押は、どれもデザインとしては複雑で、模倣や偽造は簡単でないように思われますので、戦乱が続き、だましだまされあいの続く室町・戦国時代に、文書の偽造を防ぐために、印鑑よりも花押の方が都合がよかったのでしょう。

 

現在残されている、大内氏の印鑑は、いずれも外国向けの文書に押すために用いたものだろうとされています。確かに、国内向けの文書に押された形跡は見られません。残念ながら、中国大陸や朝鮮半島に、日本の一大名の古文書は残されていませんので、実際にこの印鑑をどのように用いたかを知る術は、現在のところありません。印鑑にとどまらず、大内氏と外国との関係は、実際のところ、よく分かっていないことの方が多いのです。