山口県のフリーペーパー「地域情報新聞 ほっぷ」WEB版

お問い合わせはこちら

第341回

2017.04.21

毛利家170421食事ノ間2017本邸_百年yo写真は、旧毛利家本邸の「食事ノ間」を写したものです。「食事ノ間」とは、当主家族が食事をとる部屋のことです。旧毛利家本邸の場合、一番奥、床(とこ)のある部屋が、文字どおり当主夫妻が食事をとる部屋で、この部屋は十二畳半もある広々とした部屋です。当主夫妻が用いるにふさわしく、天井は畳一畳よりも広い「神代杉」の鏡板張りになっています。七畳半の「次ノ間」が続き、さらには給仕の女性職員が待機する、十一畳半の「女中詰所」が続きます。

 

この「女中詰所」には、面白い仕掛けがあります。写真だと見切れてしまうのですが、中庭側窓の上に、ガラス製の花形の傘が付けられた「ブランケット」と呼ばれる照明が付けられているのです。中庭に面した、比較的明るいところに、この時期にはまだ貴重な照明が、一灯だけ付けられているのは、奇異にも見えます。よく見ると、「次ノ間」と「詰所」の間には、邪魔としか思えないような柱が一本たてられていますし、この部屋は、奇妙な部屋なのです。

 

創建当初の『写真帖』には、この「詰所」の一角は、壁を設けず、床にすのこ張りの流しが写されています。給仕の職員が、ここで、使用したばかりの食器をすすぐことができるようになっていました。「ブランケット」は、作業する職員の手元を照らすためのものだったのです。

 

その後、おそらくは公爵邸として使用されなくなってからのことと思いますが、この流しは閉じられて、床板と畳が置かれ、壁には板が打ち付けられ、完全に部屋の一部と化しました。その結果、この「ブランケット」は意味不明の設備になってしまったのです。柱も、もとは流しを隠す壁を設けるために必要なものでした。しかし、壁を取り払うことにより、この柱もまた、意味不明の構造物と化したのです。

 

旧毛利家本邸の百年の歴史の間には、用途が変わり、その変化に応じて構造そのものが変わった部分があります。その一つ一つの意味を考えることで、何が見えてくるのか楽しみです。