山口県のフリーペーパー「地域情報新聞 ほっぷ」WEB版

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第340回

2017.04.14

毛利家161216半5_2写真は、旧毛利家本邸の応接室次の間につり下げられている照明器具です。このように天井からつり下げるタイプの照明を、シャンデリアと呼ぶそうですが、和風の天井にも違和感なく溶け込んでいるせいか、何気なく見過ごしてしまうお客様も多いようです。

 

大正五年(一九一六)に完成した旧毛利家本邸は、客室や毛利公爵の私室だけでなく、土蔵や厨房、女中部屋、あらゆる浴室・便所にいたるまで、電灯線を張り巡らせ、灯火はすべて電灯としていました。当時はまだ、電気の需給も乏しかったせいか、民間の電気事業者ではなく、邸内に発電施設を設けて、自前の電源を設けてまで、全室を電灯化したのです。

 

写真のシャンデリアは、玄関直ぐ横の応接室を飾る照明として、邸内の照明の内でも最も凝った作りの照明です。支柱から三方に伸ばされた照明用の脚の欄間のような部分には、金色に輝く彫刻がほどこされています。それは、一見すると波のようにも、ギリシャの彫刻に見られる植物のようにも見える飾りなのですが、よく見ると、内側には、毛利家の家紋である「沢瀉(おもだか)」が、いくつかはめ込まれ、毛利家が特に発注した品だとわかります。

 

これら照明器具は、毛利家の記録によると、発電施設内の発電機とともに、東京の高田商会に発注して作らせたことがわかっています。高田商会は、旧毛利家本邸の建設が進められたころ、海軍をはじめとする政府諸機関に、外国製品を納入して実績を挙げ、米国ウエスチングハウス社などの代理店をも務めるにいたった、一大商社でした。

 

いささか意匠がぎこちないのは、和風のデザインを、欧米に発注して作らせたためと思われますが、そのあたりの事情は、まだ細かく明らかにされているわけではありません。旧毛利家本邸の建設には、政府の仕事も務めたような大企業も参加していましたが、どのような視点から、どういう業者が選定されたのか、今後明らかにしなくてはならない事実が多くあるのです。