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第268回

2015.11.13

st毛利家151113_毛利元就自筆書状写真は、毛利元就の自筆書状です。この書状は最初の一紙分が欠けています。また元就は、親しい人に渡す手紙には、しばしば宛名と日付を省略しますから、誰に宛てたものか、はっきりしない、謎めいた書状です。

 

ここで元就は、家督を譲った長男隆元の政務に関して、隆元を補佐する譜代門閥家臣ではなく、元就が手塩にかけて鍛えた、児玉就忠を重用せよと助言してほしいと述べています。

 

さらに元就は、近年の隆元の様子に触れ、隆元が「本式」だてばかりで、くだり果てた乱世を生き抜くことができないと断じています。また、隆元を補佐する譜代門閥の重臣たちは、敵味方を弁別して、政務上何を重視し、何を急ぐべきかを分別する訓練ができていないと、厳しく批判し、「能も芸も慰みも」何もかもいらず、ひとえに「武略・計略・調略」を極めることが大切なのだ、と訴えています。

 

一般には、元就のこのフレーズだけが取り上げられ、冷たい「謀将」元就のイメージが強調されているのです。しかし、元就としては、新当主隆元の政務の現状と、隆元を支える重臣たちの問題意識の欠如を、毛利家の危機と捉え、ことさらに「武略・計略・調略」を強調したに過ぎないのです。この書状は、後継者教育の一環として正しく捉える必要があるのです。

 

元就の手紙は、わかりやすく、印象的な語句がしばしば見られるため、一部分だけ切り取られて、誤解されることがよくあります。歴史的な意義づけを行うときに、大きな誤りを避けるためには、全体の文脈や、その書状が記された背景を、的確に理解することが大切です。

 

この書状ですが、近年岸田裕之氏により、当時元就の依頼により、隆元を教導していた老臣志道広良に宛てたものと明らかにされました。元就と広良は、毛利家を大きく飛躍させたコンビです。彼らにとって最後の大仕事が、後継者隆元を一人前の当主にすることだったのです。