山口県のフリーペーパー「地域情報新聞 ほっぷ」WEB版

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第232回

2015.03.06

nt毛利家0306次郎左衛門雛_梅印 写真は、毛利家ゆかりの雛道具です。

 

雛道具とは、雛人形とともに飾られる、雛用の婚礼道具のことです。もともとは、お守りとしての雛人形に捧げるための、食事を供する食器が主体だったようです。「ひなまつり」が派手になり、雛飾りが子女の婚礼を模したものと意識されるようになると、特に大名家の場合は、豪華な婚礼道具を模したものとなるようです。

 

この雛道具は、箱書などもなく、図柄などが一致する実際の婚礼道具も見えないことから、所用者は残念ながらわかっていません。将軍家などでは、こうした大型の雛道具は、対面所など、公的な場で飾るようですから、毛利家の場合も、江戸屋敷のしかるべきところで飾られていたのかもしれません。

 

すべての道具に、毛利家の家紋「沢瀉(おもだか)」が描かれています。実際の婚礼道具を模したものだとすれば、十二代藩主毛利斉広(なりとお)の娘に生まれ、一族の娘として十三代藩主毛利敬親に嫁いだ都美姫(とみひめ)、もしくは、長府藩主毛利元運の娘に生まれ、敬親の養女となった上で、十四代毛利元徳に嫁いだ銀姫(ぎんひめ)のものと推測されます。

 

江戸時代の大名の婚礼は、通常、大名同士や大名家と将軍家・公家などの間で行われますが、基本的には、家と家同士の、いわば政略がらみのものです。また、江戸幕府は、先例を重視していましたから、二・三代さかのぼると血縁だということは、よくありました。しかし、二代続けて、こうした苗字の同じ、同族婚が続けられるということは、やや奇異な感があります。

 

大名家の婚礼は、その背後に、両家のどのような思惑があったのか、よく考えてみる必要があります。毛利家の場合、敬親・元徳両代の婚礼に関しては、こうした研究はいまだ乏しく、今後の重要な検討課題だといえます。