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第189回

2014.04.25

nt毛利家0425紺糸威具足 写真は、萩藩の四代藩主毛利吉広(よしひろ)所用とされる具足です。胴を綴る、深い紺色の威毛(おどしげ)が特徴的なので、「紺糸威具足(こんいとおどしのぐそく)」とよびます。

 

何といっても、一番目立つのは、兜の頭上にそびえる、金の大沢瀉(おおおもだか)の頭立(ずだて)です。沢瀉は、初代藩主秀就(ひでなり)以降、歴代当主が特に好んで用いた意匠です。吉広の具足は、 同じく大沢瀉の頭立を用いた初代秀就、二代綱広(つなひろ)の具足に倣ったものなのでしょう。

 

しかしよくみると、頭立の下の兜鉢(かぶとばち)そのものは、中世以来の伝統的な星兜(ほしかぶと)ですし、こめかみを保護する吹返(ふきかえし)は、中世の兜を思わせるかのように大きく反り返っています。また、何といっても特徴的なことは、鉄砲隆盛の桃山時代に、腕を保護するためには無用の長物とされ、小型化していた袖が、弓矢主流の中世のごとく大きく、大袖(おおそで)形式とされていることでしょう。こうした、復古調の本格的な姿ゆえに、この具足は、金の大沢瀉を供えているにもかかわらず、華美で浮かれた感のない、実に落ち着いてどっしりとした雰囲気を漂わせているのです。

 

毛利家の具足の特徴としては、復古調の、中世を思わせる具足が多いことと、反面、当世(近世)風の、派手で変わった意匠の少ないことが挙げられます。残存の偶然性にもよるので、軽々には論じられませんが、毛利家歴代は、伝統を重視する傾向が強かったといえそうです。

 

関ヶ原の敗戦によって、石高や位階官職の上では、並の外様大名に転落した毛利氏にとって、中世(鎌倉)以来の、家筋確かな名家であるという事実は、最後に残された大きな誇りでした。こうした、他の大名家に卓越した伝統を持つという自負こそが、あるいは、時代を超えて復古調の、中世風の具足にこだわる理由だったのかもしれません。