山口県のフリーペーパー「地域情報新聞 ほっぷ」WEB版

お問い合わせはこちら

第166回

2013.11.08

nt毛利家131108松江重頼発句短冊 これは、江戸時代の俳諧師松江重頼(まつえしげより)が記した発句です。「ふかずとも露ながら見む萩茶碗」と記され、萩焼の茶碗を見ながら詠んだもののようです。

 

特段何の変哲もない俳諧で、必ずしも文芸史上特筆すべきようなものではありません。しかし、作者の松江重頼という人物、「毛吹草」という著書の中で、初めて「萩茶碗」をこの世に広めた人物だとされています。しかもこの短冊、毛利家伝来の萩焼の茶碗のうちでも、最も古い茶碗に添えられているのです。

 

榎本徹氏によれば、茶碗というよりは、朝鮮王朝の祭器にも似たその形は、この萩茶碗が、萩焼のかなり古い段階のものであることを示しているとのことです。さらに、この茶碗に添えられた松江重頼の短冊は、萩茶碗を初めてこの世に知らしめた人物の作品として、数ある萩茶碗の中でも、この茶碗こそが、確実に最古級だと示す、貴重な証拠なのだそうです。

 

萩焼が、萩藩主毛利家の御用窯として、当時、日本よりもはるかに先進の作陶技術を有していた朝鮮王朝から招来した工人によって創始されたことは、間違いない事実のようです。しかし、そこから、当時の経済の中心、上方において萩藩の名産と認識され、松江重頼によって「萩茶碗」として紹介されるに至るまでの過程は、驚くほどよくわかっていません。

 

それは、この時期の萩焼に関する文献が、いずれも後世になって記された、職方の家々の伝書しかなく、乏しい資料の中から萩焼の歴史を掘り起こしていかざるを得ないからです。それについては、この先新発見の古萩茶碗や文献が見いだされる可能性は低く、古い窯跡の発掘調査が進むことで、考古学的な知見が増えることを待つしかありません。そのような研究状況の中で、この短冊とともにある毛利博物館所蔵の古萩茶碗は、これからも間違いなく、現存最古級の萩茶碗として、萩焼の研究史上においても重要な位置をしめると思われます。