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第165回

2013.11.01

nt毛利家131101四季山水図 これは、おそらく毛利博物館でも最もよく知られた作品、雪舟が描いた国宝の「四季山水図(山水長巻)」の一部です。

 

写真は、そのうちでもよく知られた場面の一つでしょう。高士と従者が、切り立った岩山の間を流れる渓流にかけられた石橋を渡る様子を描いたものです。この高士、その服装は明らかに中国風です。山水長巻は、日本水墨画の最高傑作とも目される作品ですが、その風景、登場する人物ともに中国の風景・人物です。「いったいどこが描かれたのか、日本のどこか? 中国のどこか?」とよく質問を受けますが、この風景は、あくまでも雪舟が思い描いた理想の風景で、現実の風景を写生したものではありません。

 

雪舟が活躍した十五世紀、日本では東山文化と呼ばれる文化が花開いていました。東山文化とは、ご存じのとおり、書院造など、その後の日本の伝統となる様々な文化的要素が出現した文化として知られています。一般に日本独自の文化的な特徴が強調されることの多い、この東山文化ですが、その実は、中国文化に対する強い憧憬がその根底にあるとされています。ただ、中国の文化をそのまま受け入れるのではなく、日本人の好みに合うものを取捨選択し、それらを日本独自のものに消化する過程、それが東山文化の特徴だとされています。

 

中国風なのに日本的、雪舟が描いた、この「四季山水図(山水長巻)」は、まさにその代表格といえます。日本の伝統文化のルーツをなす作品として、江戸時代以降、特にその評価が高まり、毛利家伝来の、文字通り門外不出の至宝として、現在にいたるのです。

 

雪舟が活躍した時代、毛利氏は大内氏傘下には属していましたが、半ば独立した領主として、政治的には微妙な立場に置かれることが多かったようです。その毛利氏に対し、大内氏は、「唐物(からもの)」とよばれる中国からの輸入品を贈って懐柔することもあったようです。