山口県のフリーペーパー「地域情報新聞 ほっぷ」WEB版

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第136回

2013.03.29

130329_mouri春本番も間近、この時期になると気になるのが桜の咲き具合です。つぼみがふくらみ、咲いて散りゆくまで、これほどに私たちを一喜一憂させる花は、他にありません。

 

この写真は、八重姫の婚礼道具の一つ、色紙箱です。色紙箱とは、和歌などをしたためるための色紙を収める箱のことです。和歌を詠むことが嗜みとされた大名家の子女にとって、和歌を記す色紙は必須の品として、婚礼道具にも必ず含まれていました。

 

八重姫の婚礼道具は、黒漆の地に、金の蒔絵で竹を菱形に編んだ竹菱文様が描かれています。その内側には、「桜」ではなく、「梅」が描かれています。この梅、よく見ると、花びらごとに金銀の配合を変え、隣りが同じ図柄にならないよう、色とりどりに工夫されています。

 

一般に、大名家の婚礼道具には、桜より、むしろ梅が描かれることが多いようです。江戸時代までの桜は、基本的には野生種に近い山桜などの桜ですから、近代に盛んに植えられ、現代の私たちにとっておなじみの染井吉野ほどは、気温の上昇とともにぱっと咲き、一斉に咲くやいなや、ぱっと散るわけではありませんが、古い和歌などを見る限りでは、やはり桜は、「刻々と移ろいゆくもの」、「散りゆくもの」というイメージが強いようです。

 

これに対して梅は、時には雪をも割って咲く早春の花として、中国では、常緑の松竹とともに、「歳寒三友(さいかんのさんゆう)」とよび、生命力の象徴として尊ばれていました。移ろいゆくもの、散りゆくものでは、縁起がよくないのでしょうか、あるいは中国に倣い、松竹梅を重んじた結果か、定かではありませんが、大名家の婚礼道具は、やはり桜より梅のようです。

 

本来の武士は、必ずしも桜の如く散ることを良しとは考えていませんでした。家を永続させること、すなわち、しぶとく生き残ることこそ、彼らにとって至上の命題でした。婚礼道具に描かれた梅は、この武士の願いを、まざまざと示すものだといえます。