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第130回

2013.02.15

130215_mouri1この写真は、今回の企画展「お雛さま」の目玉となる展示品「八重姫の婚礼道具」の一つ、「十炷香箱(じっしゅこうばこ)」です。

 

この写真は、「十炷香箱」と、その中身をすべて取り出したものです。約三〇p四方の小さな箱の中に、香炉や香割台など香を焚く道具、香の銘柄を当てる遊び「聞香(もんこう)」を行うときに用いる「かずさし」など、これだけたくさんの香道具がコンパクトに納められています。当時のお姫さまにとって、香道は、書や和歌・茶道・立花・音曲などと並ぶ重要な教養の一つでしたから、この「十炷香箱」は、婚礼道具に必ず含まれる重要なものでした。

 

さて、八重姫といえば、城下町萩で行われる時代行列の主役を務める、かわいらしいお姫さまの名として、現代の私たちにもお馴染みです。このお姫さまは、天保十年(一八三九)、毛利宗家の姫として、支藩徳山藩の藩主毛利元蕃(もとみつ)のもとに嫁ぎます。

 

この婚礼道具は、そのすべてが彼女の婚礼に際して、わざわざ新たにあつらえられたものです。彼女の父毛利斉煕(なりひろ)は、藩主を退いた後もなお江戸に留まり、葛飾(かつしか)に敷地十万坪の大豪邸をかまえ、優雅な隠居生活を送ったことで知られる人物です。斉煕は、八重姫の結婚以前に亡くなりましたので、この婚礼道具製作に関与はしませんでしたが、彼女が婚礼を挙行した天保十年は、華美と奢侈で知られている大御所徳川家斉の最晩年にあたり、大名家の婚礼道具も、大御所時代という時代の雰囲気を反映してか、豪華さを極めていました。

 

八重姫の婚礼道具は、文字どおり漆黒の漆地の上に金の高蒔絵で竹を菱形に編んだ竹菱文様を描いて地文様とし、その中に、金銀の配合を一つ一つ変えて変化を持たせた梅の花を描く、とても精巧、かつ落ち着いた美しさを合わせ持っています。まさに大名文化の粋を極めた婚礼道具として、西国の雄毛利家の力を余すところなく世に示す逸品なのです。