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第119回

2012.11.30

121130_mouri毛利博物館所蔵の国宝のうち、知る人ぞ知る逸品が、この「史記」です。

 

「史記」とは、中国前漢の歴史家司馬遷(しばせん)が記した、中国古代の歴史書です。この歴史書は、後世の中国の史書にさまざまな影響を及ぼしただけでなく、日本の歴史書にも大きな影響を及ぼしたとされます。また、そこに語られている逸話の中には、秦の始皇帝の兵馬俑(へいばよう)や、劉邦と項羽の戦いなど、現在の日本でもよく知られているものが多く、みなさんにもお馴染みなのではないでしょうか。

 

この毛利家伝来の「史記」は、その記述内容から、中国宋時代に記された注釈書「史記集解」を抄録したものだと明らかにされています。また奥書から、延久五年(一〇七三)に大江家国(おおえのいえくに)が、本文・訓点などを記し、その後家国の子孫と思われる大江家行・時通がさらに筆を加えたことがわかります。これらのことから、この「史記」は、当時しばしば文章博士(もんじょうはかせ)を務め、朝廷で歴史学(政治学)を教授することの多かった大江氏が、「史記」を解釈するための資料として作成したものと推測されているようです。

 

藤原氏嫡流が、朝廷の上級官職を独占するようになると、中流以下の貴族諸家は、自らの得意分野に磨きをかけ、専門官僚として朝廷内での地位確保をめざすようになります。大江氏にとってのそれが、現代で言うところの歴史学でした。

 

この「史記」は、代々読み継がれ、その都度注釈や解釈、訓読法が書き加えられた、まさしく大江氏秘伝の書でした。その努力の甲斐あってか、大江氏は博士家としての地位を確立し、院政期においては地方行政や行政実務の専門家として、重要な局面で登用されています。毛利氏の祖である大江広元(おおえのひろもと)は、鎌倉に招かれ、源頼朝の下で鎌倉幕府の確立に尽力します。それもまた、大江一族の伝統を引き継いだものに相違ないのです。