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第118回

2012.11.23

121123_mouri毛利博物館の特別展「国宝」といえば、雪舟が描いた水墨画の傑作「四季山水図(山水長巻)」が、話題を独占している感があります。しかし今回紹介する「古今和歌集(高野切本)第八」も、毛利家伝来の国宝としてよく知られている逸品の一つです。

 

古今和歌集(こきんわかしゅう)そのものは、平安前期に天皇の命によって編集された、日本最古の勅撰(ちょくせん)和歌集として教科書などでもおなじみです。既に原本は消失し、現代に伝わる写本類によってその姿を知るしか手がないようです。この高野切(こうやぎれ)と呼ばれる一群の写本は、数多ある写本類のうちでも、最も古いものとして、成立当初の古今集の姿をよく留めていることから国宝に指定されています。

 

高野切という一群は、そのうち第九巻の冒頭断簡が、豊臣秀吉から、高野山の復興に努めた僧木食応其(もくじきおうご)に与えられたため、そう呼ばれているようです。現在では書風の研究が進み、筆者三人が分担で全二〇巻を書写したことが明らかにされています。そのうち毛利家に伝来した巻第八は、第二種と呼ばれ、源兼行(みなもとのかねゆき)という人物が書写したものと考えられています。

 

近代に作られた納箱には、大正時代のラベルが付けられていますが、そこには紀貫之筆と記されています。高野切本は、それそのものが書体・料紙ともに芸術的に美しく、まさに仮名書道の逸品であることは確かです。その美しさと古さ故か、永く古今集の撰者でもあった紀貫之自身の筆と伝えられ、それもあいまって大名など貴顕垂涎の品とされていたようです。毛利家が、それをどのような経路で入手したかは、定かではありません。今見ても、平安期の制作とは思えないほどの美しさです。残念ですが、今の段階では、伝統と格式を誇る名家にふさわしい、まさに家宝として、毛利家の人々が永く大切にしてきたことしかわからないのです。