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第111回

2012.10.05

121005_mouriさてこの写真も、引き続き公爵毛利邸の完成記念アルバムからの一枚です。これは、一目瞭然でしょうが、浴室です。公爵家の本邸として作られた旧毛利家本邸には、豪邸にふさわしく、いくつかの浴室があったようですが、これは当主夫妻のみが用いることのできる浴室でした。

 

浴槽は、美祢産の大理石で作られ、床にも一面美祢産の大理石が敷き詰められた立派な浴室です。立ちこめる湯気を素早く抜くためでしょうか、天井は二重枠とされ、枠と枠の間には空気抜きの小窓が作られています。また湯気を集めやすくするためか、中心側の天井は中央に向かってせり上がっています。さらに、天井の枠には、腐りにくい堅い素材である栗を用いるなど、湯を使い、他の部屋より建材が腐りやすい浴室の欠点を補おうとしているようです。

 

そして、よく注意してみると、浴槽に湯を注ぎ込む蛇口や、浴室横に設けられた脱衣場の流しの給水栓は、いずれも二つ付けられていることがわかります。それはなぜかというと、一方の蛇口からは水が、もう一方の蛇口からは湯が出るようになっていたからなのです。

 

この浴室には、浴室東北に設置された湯沸室(ボイラー室)で沸かされた湯が、地中に埋められた鉛管を通じて給湯されていました。また、さすがは「公爵家の本邸」として驚くべきは、ここで沸かされた湯が、隣接する女中部屋の風呂や、子ども部屋の風呂に供給されるだけでなく、近くに作られた洗濯場にも配分されていたことです。女中の仕事である洗濯にまで湯を、しかも新湯を使うなんて、現代でも考えられないほどの贅沢さです。

 

この邸宅は、大正五年(一九一六)に創建された、約百年前の建築物です。しかし、そこには、現代社会においてはもはやわざわざ考慮すらされないほどに当然とされている「快適な家事」を、既にこの時代に目指し、一部は実現させていたという点では、現代においてもなお古びてはいない、きわめて先進的な建造物だったのです。