山口県のフリーペーパー「地域情報新聞 ほっぷ」WEB版

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第092回

2012.05.18

120518_mouriこれはとても珍しいもので、頸実検の作法を記した書付です。頸実検とは、戦場で獲得した頸を、その頸と面識のある人物に確認させ、本人であることを確認する作業のことです。また、大将の面前でその頸を披露し、その功績の軽重を計る行為でもありました。武士が主君のため戦場で命を危険に晒すのは、戦功によってもたらされる恩賞が目当てといっても過言ではありませんから、武功をはかり、確定する頸実検は、武士にとって最も重要な行為の一つでした。

 

内容を読むと、意外に細かなことが書かれていて驚きます。たとえば、「頸を貴人が見るときには、特定の鎧直垂を着用し、矢を背負い、弓を持ち、その弓を杖のように持たなくてはならない」とか、「頸を見せる者は、柔らかな生地で作られたなし打ちの鎧直垂を着るべし」「頸の台は広さ八寸(約二四p)四方、高さ六寸(約一八p)の三本足がついた檜板でなくてはならない」「頸をお目にかけるときは、台を下に置き、右の手で髻(もとどり)をつかみ、左の手で頤(おとがい)のあたりを抱えるようにしなくてはならない」など、実に細かいのです。

 

私たち現代の人からすれば、頸実検などは、戦争の後の地味な事務的作業と考えがちです。しかし、戦を生業とし、まさに命を的に戦っていた武士たちにとって頸実検は、戦場に勝るとも劣らない、重要なアピールの場でした。また、人の命を奪う行為は、仏教思想に覆われていた中世において、現在とはやや異なるでしょうが、罪深い行為ではあったに違いありません。

 

戦功をアピールする華々しい場としての頸実検、殺人という罪業を戦に参加したすべての人々が再確認する場としての頸実検、こうしたさまざまな理由から、頸実検は、荘厳な儀式化し、着る服も豪華なものに、しぐさ一つ一つにも意味を持たせるなど、事細かな作法が必要になったのでしょう。こうした細々した作法を身に付けることもまた、武人の、特に大名クラスの将たる者にとっては必要不可欠な嗜みの一つだったのです。