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第088回

2012.04.20

現在毛利博物館で開催中の企画展「端午」は、大名家の重要な年中行事の一つにちなんだ、恒例の企画展です。その見どころは、何といっても、毛利家伝来の刀剣や甲冑など、さすが大名家といったすばらしい武具や武装品の数々でしょう。

 

なかでも、甲冑、ようするに「よろいかぶと」は、特に人気の高いものの一つです。毛利家伝来のものは、いずれも一軍を率いる大名ならではの、威厳と格式に満ちたものばかりです。
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写真は、三代藩主毛利吉就(よしなり)所用とされる、「紫糸威具足(むらさきいとおどしのぐそく)」です。よろいの部材を繋ぐ組紐である「威毛(おどしげ)」が、すべて紫色に染められているので、こう呼ばれています。桃山期の具足とは異なり、大将としての見栄えを重視して、腕を保護する袖は、室町期と同じサイズの「大袖(おおそで)」が用いられています。兜も、桃山期のものとは異なり、鉄を貼り継いだ部位が筋状に残されているので「筋兜(すじかぶと)」と呼ばれる、中世に多く用いられた形式のものです。兜の前に立てられた「前立(まえだて)」と呼ばれる飾りも、桃山期のように奇をてらった、変わったものではなく、中世、元就の時代までによく見られたV字型の「鍬形(くわがた)」が用いられています。

 

このような甲冑は、鉄砲や長柄槍(ながえやり)が普及し、仮設の柵や塀を巡らせて、城郭や陣地を奪い合う、集団戦が中心となった、戦国後期以降の戦いにおいては、却って不便なことも多く、必ずしも実戦的ではありません。したがって、このように、実用を離れ、先祖返りしたような形式の甲冑は、一般には「復古調」と呼ばれています。

 

吉就の治世は、まさに元禄時代。藩財政の悪化という懸念材料はありましたが、先代までに藩の統治機構も完成し、関ヶ原以降、藩の体制が最も安定した時期でした。吉就の具足は、こうした太平の、平和な時代をそのまま具現化しているかのようです。