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第082回

2012.03.09

120309_mouriこれは、毛利家伝来のよろいかぶとですが、とても珍しいものです。どこが珍しいかといえば、女性、つまりお姫さま用の「姫具足」なのです。このよろいかぶとは、幕末に活躍した藩主毛利敬親(たかちか)の正室都美姫(とみひめ)所用とされているのです。

 

名前は、「錦包二枚胴具足(にしきづつみにまいどうぐそく)」と呼びますが、それは胴の表面を錦で覆っているからです。胴だけではなく、籠手(こて)や臑当(すねあて)にも錦が用いられるなど、男性用の具足にくらべ、豪華な感じがします。また、兜は、「烏帽子形(えぼしなり)」と呼び、高貴な人がかぶる烏帽子のような形で、総体には漆が黒々と塗られ、全体に凛とした印象を与えています。その一方で、後頭部を保護する「しころ」や、大腿部を保護する「草摺(くさずり)」には紅色(くれないいろ)の糸が用いられ、しかも下段に向かうごとに色を濃くしていく「裾濃(すそご)文様」とされていますので、戦で着用する防具であるにもかかわらず、全体に女性らしい華やいだ印象となっているのが、最大の特徴といえます。

 

甲冑研究家の山岸素夫氏によると、女性用の甲冑は、激しく戦争が行われていた室町・戦国期には見られず、江戸時代の末期になると、大名家の婚礼道具などの中にたまに見られるとのことです。おそらくこの具足も、敬親との婚儀に際して作られたものだろうと思われます。

 

これだけの重装備ですから、その重さも男性用のものと変わりなく、むしろ軽量化に努めた男性用よりも、重いくらいです。したがって、華奢なお姫さまが実際に着用したとは考えにくく、当初から、都美姫がこれを着る場面は想定されていないとしか考えられません。

 

では、なぜ女性用の具足が作られたのでしょうか。その理由は定かではありませんが、異国船の出没や、幕藩体制の動揺など、武士の「武力」に再び注目が集まりつつある世相を反映し、女性であっても戦場に立つ、という意気込みを、家中に示そうとしたのかもしれません。