山口県のフリーペーパー「地域情報新聞 ほっぷ」WEB版

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第072回

2011.12.23

nt毛利家131213伝統の正月飾りこれは、毛利家の「正月飾り」として、毎年この時期に当館で行う恒例の展示です。毛利元就所用とされる「御佳例吉甲冑(ごかれいきちかっちゅう)」「日の丸軍扇」に、「御重代太刀(ごじゅうだいたち)」「御佳例盃」という、いずれも毛利家にとって縁起のよい品々を、一つに集めることで、新たな年をめでたいものに盛り上げようとしたものなのでしょう。

 

写真では左端に小さく写っているのが、「御佳例盃」です。盃というよりは、皿といった方が適切で、直径が約二〇p、深さは約五pありますから、約半合の酒が入る計算になります。江戸時代には、元日に重臣が集まる行事などで用いられていたようです。全体は朱塗ですが、内側は金色に塗られ、いかにも正月、めでたい!という感じに仕上げられています。

 

この「御佳例盃」、伝承では、戦国時代の武将福原貞俊(ふくばらさだとし)が、これになみなみと注がれた酒を飲み干したことから、「めでたい盃」の意である「御佳例盃」とよばれるとされています。この伝承が事実か否か、残念ながら今は確かめようがありません。

 

福原貞俊は、元就の死後、吉川元春・小早川隆景の「両川(りょうせん)」・口羽通良(くちばみちよし)とともに、「御四人(おんよにん)」とよばれ、若年で毛利家の当主となった輝元を補佐した人物です。福原氏は、南北朝時代に毛利宗家から分かれた分家として、宗家を助けることがしばしばありました。また、貞俊の父広俊は、元就の母方従兄弟として、元就が毛利宗家の家督を継承できるよう尽力しています。元就は、貞俊に、毛利一門のまとめ役としての役割を期待していました。輝元の補佐を依頼するにあたり、その重責を固辞する貞俊に対して、宗家を一途に支えてきた福原氏の歴史をふまえ、「正路」すなわち正直で、正しい道を示すことができる人物として、貞俊が率直に意見を表明し、輝元を支えて欲しいと述べています。

 

「御佳例盃」の伝承は、こうした毛利・福原両家の歴史を背景に成立したのかもしれません。