山口県のフリーペーパー「地域情報新聞 ほっぷ」WEB版

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第071回

2011.12.16

111216_mouriこれは乗馬に用いる鞍と鐙(あぶみ)です。既に紹介済みですが、江戸時代末期に、長州藩主毛利敬親(たかちか)が、幕府から拝領したものです。

 

さすがは幕府からの拝領品です。厚く黒々と塗り固められた漆の上に、漆を盛り上げた扇面に、金銀を盛り上げた高蒔絵で、鶴亀や龍など縁起のよいとされる動物を描く、たいへん凝った作りとなっています。また残る空間には、同じく金の蒔絵で菱文が隙間なく描かれ、やや抑えた感じではありますが、深く落ち着いた地の漆黒に対して華やかさを醸し出しています。

 

よく見ないと気づかないのですが、馬に乗った際、足をかける鐙には、同じく金を盛り上げた高蒔絵で、鯉が描かれています。馬具に鯉とは、一見違和感があるようにも思います。しかし、腰をおろす鞍には龍が描かれていますから、おそらく龍門の故事にちなんだ意匠なのでしょう。龍門の故事とは、中国の龍門という瀑布を上りきった鯉が、龍に変化するという話で、日本では立身出世や成功を意味するとして、掛軸や屏風の画題にもよく用いられています。

 

そのように考えるならば、この鯉は、龍門の鯉が龍に変化するのと同じく、この鞍鐙の使い手が、戦いに勝ち、戦場で功績を挙げ、立身出世することを願って描かれたものだといえます。また、龍の絵は扇面状に盛り上げた漆の上に描かれていますが、扇は先端が広がることから、末広がりにつながるとされますので、これもまた縁起を担いだ意匠ともいえます。

 

戦闘で優れた能力を発揮する馬は、上級武士の象徴として、しばしば神事や贈答に用いられました。馬に装備する鞍鐙は、馬の代替として毛利敬親に下されたと思われます。晴れの舞台で使用するにふさわしい高価な素材を用いた豪華な意匠、そこに描かれた縁起のよい画題は、幕府の威厳を示すものとして、さぞ敬親たちを感動させたことでしょう。幕府と大名は、二百数十年の間、このように幾重にもわたり紐帯を強めていました。敬親にとって倒幕は価値観の一大転換であり、なぜこの大転換が果たされたのか、まだまだ私にとっては謎だらけです。