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第016回

2010.11.19

毛利家101119この短刀は、「菊造腰刀(きくづくりのこしがたな)」といい、刀身は無銘ですが、大和国当麻(たいま)派の作と見られ、国宝に指定されている、この分野では知る人ぞ知る名刀です。

 

「菊造」とは、刀にしてはずいぶん珍しい名前です。それは、刀を柄(つか)に固定する目貫(めぬき)が、菊花の形にされているのをはじめ、この刀身を包む拵(こしらえ)の金具に、菊の意匠が多く用いられていることに由来しています。一般に拵は、刀の外装として作られるため、破損することも多く、古くなると作り替えられる消耗品でした。したがって、あまり古いものは残っていないのですが、この拵は、その金具の作り具合などから、南北朝時代に作られたものと推測され、現存する短刀拵としては、なんと二番目に古いものだとされています。

 

この短刀の持ち主は、残念ながら今回も不明です。しかし、毛利輝元の遺品を整理したと思われる記録に、既に記載がありますから、輝元所持品であったことは間違いなく、毛利家伝来の美術工芸品のうちでも、古くから毛利家にあったことが確実な数少ない品の一つなのです。

 

刀身は錆などを落とすために研ぎ直した形跡がなく、いわゆる生(う)ぶの状態です。拵は、備品の小柄(こづか)・笄(こうがい)は後世の補作とされ、拵本体の梨地(なしじ)にも、一部違和感があるようなので、何度か修理されたと思われます。しかし、それでもなお状態は良好であり、代々大切に保存されてきたことが偲ばれます。大胆な推測で、特に根拠はありませんが、ひょっとするとこの短刀こそ、毛利家重代の家宝だったのかもしれません。

 

その美しさゆえ、贈答や売買の対象とされ、所蔵者を転々とするのが、美術工芸品の宿命です。しかしこの短刀は、めずらしく四百年以上にわたり毛利家と歴史をともにし、激動の毛利家の歴史を今に伝える貴重な生き証人となりました。その意味においてもこの刀は、毛利家にとってお宝中のお宝なのです。