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第014回

2010.11.05

毛利家101105当毛利博物館では、十一月三十日(火)まで恒例の特別展「国宝」を開催しています。この展覧会では、毛利家が誇る至宝の数々を展示していますが、間違いなくこれもその一つです。

 

この衣裳は、能装束の一種で、唐織(からおり)といい、もともとは、戦国時代以降用いられた女性の礼装でした。能楽でも用いられ、若い女性や公達役に使用されます。よく見ると、二色の異なる地色の布を、互い違いに縫い合わせた、片身替(かたみがわり)の意匠とされ、それぞれの布では、織で表現された菊文と桐文が、身頃(みごろ)ごと、互い違いになるように配置されています。しかも、菊文と桐文の配色は一つとして同じものがなく、これを織るには相当手間がかかったと思われます。また山道文様とよばれる地文様は、まるで稲妻のようにも見え、この唐織をいっそう派手やかにし、いかにも桃山時代の豪壮な雰囲気を今に伝える遺品として、重要文化財に指定されている、この世界では知る人ぞ知る著名な逸品なのです。

 

所伝によれば、毛利輝元が豊臣秀吉から拝領したものといいます。ただ、いつ、どこで、なぜ拝領したかは全く解っていません。主従の結合を強めるため、主君が身につけているものを家臣に与えることは、この当時よく見られました。この唐織も、徳川の世を経て今に至るまで、大切に保存されてきたのですから、輝元にとっては、よほどの記念品だったに相違ありません。

 

秀吉は、天下統一後もなお、輝元ら戦国の群雄たちに囲まれていました。彼らを抑え、政権を盤石にするため、秀吉はあらゆる手を用いました。貴重品を、惜しげもなく大名たちに与えるのも、彼らをつなぎ止めるための戦略の一つでした。その際には、諸侯の前でわざわざ大げさに渡すなど、秀吉との一体感を示す何らかのパフォーマンスがあったかもしれません。

 

一切記録のない品は、色々と想像をめぐらせることができ、それはそれでおもしろいものです。ぜひこの機会に実物をご覧いただき、桃山の華麗な世界を想像してはいかがでしょうか。