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独り歩みて洛水の浜に至る

2018.02.09

草軟波清沙径微

手携筇竹著深衣

白鴎不信忘機久

見我猶穿岸柳飛

 

一〇一九年生まれの司馬光(しばこう)の「独り歩みて洛水(らくすい)の浜に至る」。洛水は河南省の洛陽を流れる川。

 

■読みと解釈

草軟波清沙径微

草は軟(やわ)らかく波は清く沙径(さけい)は微(かす)かにして

[草は柔らかく波は清らかで砂の小道は人通りが少なく]

 

手携筇竹著深衣

手には筇竹(きょうちく)を携え深衣(しんい)を著(き)る

[手には竹製の杖を持ち身には役人の衣装を着ている]

 

白鴎不信忘機久

白鴎(はくおう)は忘機(ぼうき)の久しきを信ぜずして

[白い鴎は久しく俗念を忘れている私を信用せず]

 

見我猶穿岸柳飛

我を見て猶(な)お岸の柳を穿(うが)ちて飛べり

[私を見てそれでも岸辺の柳を突き抜け飛んで行った]

 

 

■注目点

司馬光の心境に注目。たった独りで洛水の浜辺に着いた司馬光。そこで見たのは草、波、小道。全て世俗とは無縁な自然。そこにいる自分は歩行用の杖をつき、朝廷用の衣装を着ている。自然の景と自分の格好は逆。

自然の中にもう一つ、白い鴎がいる。鴎は人間の俗念、善と悪とを察知する鳥。自分の格好を見た鴎は、自分と一緒に遊ばず、自分から離れ、飛んで行った。

今の自分は格好は俗人だが、心情は俗念を忘れた人間。なのに鴎は自分を離れ、飛んで行く。自分は自分を訝る。自嘲の口吻。これが心境か。

 

《PN・帰鳥》