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澄邁駅の通潮閣

2018.02.23

余生欲老海南村

帝遣巫陽招我魂

杳杳天低鶻没処

青山一髪是中原

 

一〇三六年生まれの蘇軾(そしょく)の「澄邁駅(ちょうまいえき)の通潮閣(つうちょうかく)」。澄邁駅は海南島にある宿場。通潮閣は高殿。

 

■読みと解釈

余生欲老海南村

余生は海南(かいなん)の村に老いんと欲するも

[残された命をこの海南村で老いる覚悟だったが]

 

帝遣巫陽招我魂

帝は巫陽(ふよう)を遣(つか)わし我が魂を招かしむ

[天帝は巫(みこ)の巫陽を差し向け私の魂を呼び戻される]

 

杳杳天低鶻没処

杳杳(ようよう)として天は低く鶻(はやぶさ)の没する処

[遥か彼方天が低く垂れさがり鶻が消える辺り]

 

青山一髪是中原

青山一髪是(こ)れ中原(ちゅうげん)

[毛髪ひと筋のように連なる青い山こそ本土だ]

 

 

■注目点

蘇軾の思いに注目。

海南島は辺鄙で不自由極まりない僻地の僻地。蘇軾はこの地を余生の場と決めた。

だが天帝は巫を海南島に送り、僻地から我が魂を呼び戻される。

蘇軾は宿場の高殿に登る。見えた景は遥か彼方、天は低く垂れ下がり、鶻が隠れる辺り。鶻は敏感で勇猛な鳥。青々と樹木の茂った中国本土も見えた。

鶻と本土を見た蘇軾は思う。自分は鶻となり、僻地の海南島を離れ、本土へ帰りたいと。

蘇軾が海南島を余生の場と決めたのは、国外追放の身だったからである。

 

《PN・帰鳥》