山口県のフリーペーパー「地域情報新聞 ほっぷ」WEB版

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2015.02.13

滄浪之水清兮

可以濯吾纓

滄浪之水濁兮

可以濯吾足

 

漁師の「歌」。漁師の名も、詳しい「歌」の題も不明だが、紀元前の「歌」。

 

■読みと解釈

滄浪之水清兮

滄浪(そうろう)の水清(す)まば

[滄浪の水が清んだら]

 

可以濯吾纓

以(も)って吾(わ)が纓(えい)を濯(あら)うべし

[わが冠のひもを洗えばいい]

 

滄浪之水濁兮

滄浪の水濁(にご)らば

[滄浪の水が濁ったら]

 

可以濯吾足

以って吾が足を濯うべし

[わが足を洗えばいい]

 

 

■注目点

注目は反意語の清と濁、纓と足。

滄浪は川の名。諸説あり。一説は漢水(湖北省)の下流。

清んだ水が今、滄浪の川を流れている。清んだこの川では、体の天辺にかぶる冠のひもを洗う。

濁った水が今、滄浪の川を流れている。濁ったこの川では、体の下部で土を踏む足を洗う。

清んだ川では、不潔で汚い足は洗わない。濁った川では、清潔で貴い冠のひもは洗わない。清潔なものは清潔なもので、不潔なものは不潔なもので対応。

この「歌」は才能を妬まれ、追放された王族を見た漁師が、処世術を説いた「歌」です。

治世ならば治世に合わせ、乱世ならば乱世に合わせ生きる。世の動きに合わせる。それが聖人の処世術。何で孤高を保つのか。

漁師はこの「歌」を歌いながら、王族から離れていったのです。

 

《PN・帰鳥》