山口県のフリーペーパー「地域情報新聞 ほっぷ」WEB版

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2015.07.24

巴東三峡巫峡長

猿鳴三声涙沾裳

 

漁者の「歌」。漁者の氏名は不明。

 

■読みと解釈

巴東三峡巫峡長

巴東(はとう)三峡(さんきょう)巫峡(ふきょう)長し

[巴東にある三峡のうち 巫峡が最も長い]

 

猿鳴三声涙沾裳

猿鳴(えんめい)三声 涙は裳(もすそ)を沾(うるお)す

[猿が哀しく何度も鳴くと涙は裳を濡らす]

 

■注目点

漁者の涙に注目。

巴東、三峡、巫峡は、長江中流域にある地名と峡谷の名。

四川省と湖北省にまたがる巴東の地には、三峡がある。三峡がまん中で、西に瞿塘峡(くとうきょう)、東に西陵峡(せいりょうきょう)。三峡全体は約四百㎞。最長は巫峡の約九十㎞。

三峡辺りの両岸は、途切れぬ岩や峰。岩や峰は天を隠し日を隠し、正午と真夜中でないと、太陽と月は見えない。

漁者はこの難所を舟で下る。すると猿の鳴き声が聞こえる。一匹や二匹ではない。数知れぬ猿が鳴く。声を長く引き、哀しい鳴き声が、峡谷に響きわたる。哀しい鳴き声を聞く漁者は、涙が溢れズボンまでビッショリ。

三峡の猿と言えば、「断腸」の語を生んだ。三五〇年頃の武将桓温(かんおん)が三峡に着くと、部下が猿を捕まえた。すると母猿が岸づたいに哀しく鳴き、百里ばかり追いかけたが、意を決して跳躍し、舟に飛びこんだ。飛びこんだ途端、息絶えた。母猿の腹を割いて見ると、腸が寸寸に断ち切られていた。桓温はこれを知るや、部下を首にした。

漁者が聞いた猿の鳴き声は母猿の声では。

 

《PN・帰鳥》