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春日の雑詩

2013.03.22

千枝紅雨万重烟
画出詩人得意天
山上春雲如我懶
日高猶宿翠微巓

 

一七一六年生まれの袁枚(えんばい)の「春日の雑詩」。雑詩は無題の意に近い。

 

■読みと解釈
千枝紅雨万重烟
千枝の紅雨に万重(ばんちょう)の烟(けむり)は
[千の枝の赤い雨と万に重なる霞は]

 

画出詩人得意天
詩人得意の天を画(えが)き出せり
[詩人が得意とする自然を画き出している]

 

山上春雲如我懶
山上の春雲は我が懶(ものう)きが如(ごと)く
[山の上にかかる春の雲はわが物ぐさのようで]

 

日高猶宿翠微巓
日は高くなるも猶(な)お宿す翠微(すいび)の巓(いただき)に
[日は高く上ってもまだ八合目辺りの天辺に留まっている]

 

 

■注目点
春日の景に対する作者の思いに注目。
千枝の紅雨と万重の烟。この春日の景は詩人が得意とする自然描写。千枝と万重、紅雨と烟を対比させる。千の枝には赤い雨。赤い雨とはひらひら散る赤い花を、しとしと降る雨に譬えた表現。万に重なる烟とは一面の霞。これは詩人が得意とする春日の景です。
だが、山上にかかる春雲は、日が上っても八合目辺りで留まっている。宙ぶらりんのこの雲は、詩人が得意とする春日の景ではない。
作者は宙ぶらりんのこの雲に、わが物ぐさを重ねるのです。同じ春日の景なのに、作者は違いを見つけたのです。

 

《PN・帰鳥》