山口県のフリーペーパー「地域情報新聞 ほっぷ」WEB版

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岳陽楼に上る

2016.12.02

昔聞洞庭水

今上岳陽楼

呉楚東南坼

乾坤日夜浮

親朋無一字

老病有孤舟

戎馬関山北

憑軒涕泗流

 

七一二年生まれの杜甫の「岳陽楼(がくようろう)に上る」。岳陽楼は洞庭湖(どうていこ)の東北にある高殿の名。

 

■読みと解釈

昔聞洞庭水

昔は洞庭水を聞き

[昔々洞庭湖のことは聞いており]

 

今上岳陽楼

今は岳陽楼に上る

[今日その側の岳陽楼に上る]

 

呉楚東南坼

呉楚(ごそ)は東南に坼(さ)け

[呉と楚の地が東と南に裂かれて湖となり]

 

乾坤日夜浮

乾坤(けんこん)は日夜に浮かぶ

[天と地が共に昼も夜も湖に浮かんでいる]

 

親朋無一字

親朋より一字無く

[親戚友人からは一字の便りもなく]

 

老病有孤舟

老病には孤舟有り

[老病のこの身には小舟が一艘あるだけ]

 

戎馬関山北

戎馬(じゅうば)は関山の北

[関所のある山の北には軍馬がおり]

 

憑軒涕泗流

軒(けん)に憑(よ)りて涕泗(ていし)流る

[欄干にもたれ涙が溢れる]

 

 

■注目点

岳陽楼にいる杜甫の感慨に注目。

岳陽楼は三層の高殿。上ると洞庭湖は勿論、四方八方一望できる。

洞庭湖のことはかつて聞いてはいたが、今岳陽楼に上り、洞庭湖を眼下に見ている。何とも大きい。昔の呉国と楚国を引き裂きできた湖。その湖には天と地の日や月、星や雲、草や花が水面に浮かび、生き生きしている。

岳陽楼から洞庭湖を眺める杜甫は、我が身に思いを致す。親戚や友人からは便りは全くない。老弱で病気の我には、小舟が一つあるだけ。小舟に身を託す暮らし。

我が身に思いを致すばかりではない。世の動きにも思いを致す。国境の関所には軍馬が動き回る。外敵との戦乱が続いている。高殿の欄干にもたれ、杜甫はただただ涙を流す。

岳陽楼から眺める洞庭湖は広大無辺。それに比して我が身の孤独憂愁。景観と心情。深遠なる含蓄。

「杜甫一生愁う」。杜甫は何を見ても心動き、悲しみに沈む。涙、涙、涙の杜甫。

 

《PN・帰鳥》