山口県のフリーペーパー「地域情報新聞 ほっぷ」WEB版

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南の見晴らし台

2014.04.11

去国三巴遠

登楼万里春

傷心江上客

不是故郷人

 

唐の盧僎(ろせん)の「南の見晴らし台」に登った時の感慨。

 

■読みと解釈

去国三巴遠

国を去れば三巴(さんぱ)は遠く

[故郷を離れると三巴の地は遠くにあり]

 

登楼万里春

楼(ろう)に登ぼれば万里は春なり

[見晴らし台に登ると万里四方は春まっ盛り]

 

傷心江上客

心を傷むるは江の上(ほとり)の客なるも

[心が傷つくのは長江のほとりにいる旅人だが]

 

不是故郷人

是れ故郷の人ならず

[ここが故郷でないので心が傷つくのだ]

 

 

■注目点

見晴らし台から眺める作者の心境に注目。

作者は今、三巴にいる。三巴は今の四川省。四川省は長江の上流にあるので、自分のことを「長江のほとりにいる旅人」と言うのです。

作者が今いる三巴の地は、故郷から遠く遠く離れている。遠くにある故郷を眺めるために、見晴らし台に登ったのです。

登って見ると、見渡す限り春。三巴も故郷も春まっ盛り。寒い冬が過ぎ、草木が芽吹き、桃や李の花が咲き、鳥たちがさえずり、暖かな風が通り過ぎる季節。こんな春を旅先の三巴で見るのではなく、故郷で見たい。家族と一緒に見たい。

作者の心境を端的に表す語。それは心を傷むの傷心。傷心は悲しみに打ちひしがれ、気力をなくす感情で、容易には癒すことのできぬ感情です。見晴らし台に登った作者は傷心状態なのです。

 

《PN・帰鳥》