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初めて巴陵に至り李十二白と同に洞庭湖に泛かぶ

2019.06.14

楓岸紛紛落葉多

洞庭秋水晩来波

乗興軽舟無近遠

白雲明月弔湘娥

 

 七一八年生まれの賈至(かし)の「初めて巴陵(はりょう)に至り李十二白(りじゅうにはく)と同(とも)に洞庭湖(どうていこ)に泛(う)かぶ」。巴陵は湖南省の地名。李十二白は杜甫と並ぶ李白。十二は一族で年齢が十二番目。洞庭湖は巴陵近くの湖。

 

読みと解釈

楓岸紛紛落葉多

 楓岸(ふうがん)は紛紛として落葉多く

[岸辺の楓は葉がたくさん散り落ち]

 

洞庭秋水晩来波

 洞庭の秋の水は晩来(ばんらい)に波だつ

[洞庭湖の秋の夕暮れの水は波だっている]

 

乗興軽舟無近遠

 興(きょう)に乗じて軽舟(けいしゅう)は近遠無し

[興の趣くまま小舟は近く遠く自由自在]

 

白雲明月弔湘娥

 白雲の明月に湘娥(しょうが)を弔(とむら)う

[白雲と明月の夜中に亡き湘娥を悼む]

 

 

注目点

 言いたいことに注目。

 詩の題は長い。作者賈至は李白と洞庭湖に小舟を浮かべ、晩秋の夕暮れの景を詠み、最後は后の湘娥を詠む。

 湘娥は伝説時代の帝王堯の娘で、堯の次の帝王舜の后となるが、舜が崩御するや、湘娥は跡を追い、投身自殺し、湘江の女神となる。

 女神の湘娥を弔うのは白い雲と明るい月の時。白雲と明月。白雲は手の届かぬ雲。俗外の景。明月も手の届かぬ月。俗外の景。

 賈至は洞庭湖に小舟を浮かべ、俗外の白雲と明月の夜中、伝説時代に投身自殺した后を弔う。どんな思いで弔ったのだろうか。

 

《PN・帰鳥》