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九月九日山東の兄弟を憶う

2013.09.20

独在異郷為異客

毎逢佳節倍思親

遥知兄弟登高処

遍挿茱萸少一人

 

六九九年生まれの王維(おうい)の「九月九日山東(さんとう)の兄弟を憶(おも)う」。九月九日は重陽の節句と言い、家族揃って高台に登る風習があった。山東は地名。

 

■読みと解釈

独在異郷為異客

独り異郷に在りて異客と為(な)り

[独り古里を離れた地で旅の身となり]

 

毎逢佳節倍思親

佳節に逢う毎(ごと)に倍(ます)ます親(しん)を思う

[いい日に逢うたびに益々兄弟を思いやる]

 

遥知兄弟登高処

遥(はる)かに知る兄弟の高きに登る処(とき)

[遥か遠くからも分かる 兄弟が高い所へ登った時に]

 

遍挿茱萸少一人

遍(あまね)く茱萸(しゅゆ)を挿すも一人を少(か)くを

[みな(頭に)茱萸を挿しているのに私一人いないことが]

 

 

■注目点

王維と家族との関係に注目。

この詩は17歳の王維が古里の山東を離れ、都長安で受験勉強に励んでいる時の作です。

王維は古里での重陽の節句に加われないでいる。長安でも家族連れで高台に登っている。その姿を見るにつけ、王維は自分は独りであることに気づかされ、気持ちは家族のいる古里へ飛ぶ。

家族は近くの高台へ。だがその中に自分の姿がない。「一人いなくて寂しいなあ」。家族はそう言い、自分に思いを馳せてくれているのでは。王維も家族を、家族も王維を思う作。

 

《PN・帰鳥》